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アラサーで癌になった話をつらつらと03

前回のnoteからだいぶ期間が空いてしましまいました…。
書こう書こうとは思っていたのですが、上手くまとまらず、
アウトプットは難しいですね!日々精進

今回は癌と判明してから、再手術までの期間についてお話ししようかと思います。

卵巣がんについてと今後の治療について

捻転の時に取り出した腫瘍を検査してわかったことは、悪性腫瘍であるということで、
緊急手術だったこともあり、ステージについてはわからないとのことでした。
ただ、手術の時の様子から右の卵巣には所見は見当たらず、腫瘍についても摘出しているので、ひとまず検査してから今後について決めましょうとのこと。
そもそも、卵巣癌については手術後にステージを決めることが多いとのこと。
私の場合は、既に手術は(一応)終わっている状態でしたので、抗がん剤治療をどうするのかと、本来卵巣癌手術で行うべき手術を追加手術するか(つまり、他の臓器を摘出するかどうか)決めなくてはならないといった状況でした。

再手術するなら、オペが空いている2ヶ月後と言われたものの本当に手術する必要があるのか?経過観察でいいのでは?といった判断も可能とのこと。
というのもその手術がかなり大掛かりだもので、リンパ節・大網といった広範囲に渡る臓器を予防手術として(癌が転移しないように)摘出するという手術のため、8時間の手術(勿論、全身麻酔)でかつ術後はICUに入らなければいけないものでした。

そして、一番どうするか考えなくてはいけないのが残っている卵巣・子宮についてどうするか。妊孕性の温存をするかどうか。
検査結果次第ではあるけど、まだ未婚、かつ20代という年齢も考慮してそれらの臓器については残す方向性としました。
今の私にはどういった可能性が残されているのか担当医の先生とよく話しました。
話す際には、やはりある程度知識も必要しでたので主に「国立がんセンター」のHPを参考に同じような病気の人のブログを読んだりして、病院へ行く前にメモを取ったりしながら、自分の考えや疑問点について整理したりなど…。

そんなこんなで、自分の中では病気について受け入れることができるようになりましたが、両親についてはそうでもなかったようで…。
というのも、自分の中では、再手術しようと決めておりましたが、親には反対されました(反対というより、心配に近しいですが)。
「効果があるか分からないのに、またお腹を開いて痛い思いして、さらに意味のあるかどうか分からない抗がん剤治療を辛い思いをしながらやる必要があるのか?」と。
確かに、緊急手術で悪い箇所(腫瘍)は摘出しており、これから行う手術と治療というのはすべて予防的措置でしかないので、親が言っていることは最もだとも思いました。
でも、この先の人生でおそらく今が一番体力があり、治療にかけられる時間があると考えました…最悪な展開は、治療せずにそのまま結婚し出産といった時に、癌が再発しその時に「あの時の治療していれば…」と後悔してしまうことかと。
この先も、「やっぱりあの時…」と後悔はしたくないと思って、私は手術するのだと。

親を説得言うよりは自分への言い聞かせに近いですが。
普通に手術も抗がん剤治療も恐怖でしかないですよ……。

と言うことで、手術に向けてと検査を進めつつ初めての自己血を採取したりなどなど準備を進めました。ちなみに、検査内容は大体以下の内容。

検査内容
・PET検査
・細胞検査
・腫瘍マーカー
・CT検査
…などだったかと

ちなみにPET検査は保険外でしたので、2万〜3万ぐらい自己負担
生まれて初めての検査ばかりでなんだかだ不思議な体験をしている気分でした。
検査をしている間の体調というのは全く問題なく至って健康状態で、普通に食事して仕事していました。

仕事について

ちなみに、緊急搬送されてから手術までの期間について仕事はお休みを多少頂きながらも働いてはいました。
搬送された日が、転勤先への転出日だったこともあり一旦、北の方の転勤先で暮らしていました…最短記録の2ヶ月間ですが。
病名が発覚してすぐに、職場の上長へ報告しました。
今後、おそらく長期間の治療が必要になるので実家から通える場所かつ、事務職とさせてもらいたいと伝えました。
当時、世間からみたらおそらくバリバリの営業職で働いていたため時間も不規則かつ、それなりに責任もあった職でした。かつ、上長から管理職を目指さないかと言われ、新任先で「頑張ろう!」といったつもりでもいましたが、まさかこんなことになるとは。
入社した頃から「辞めたい」と言い続けてはいましたが、なんだかんだ働いていましたがいざ病気になったら「辞める」言う選択肢が出てきませんでした…なぞ。

おそらく、病気という現実から目を逸らしたくて「まだ社会と繋がっている」という事実が欲しかったのかと。

大変ありがたいことに、当時所属していた部署の上長が入社時からお世話になっているかただったため、事情を話しやすくだいぶ病気のことも考慮して頂け、実家から通えるオフィスへ転勤できるよう計らってもらえました。
ということで再度、引越し…10年ぶりの実家へ。

手術までの2ヶ月間

再手術まで大体2ヶ月ぐらいありましたが、この期間に世の中が随分と変わってしまい、正直本当に手術できるの?といった気持ちでやはり現実味が薄かったです。
そうです、新型コロナウィルスです。
2020年3月、4月でしたのでマスクがお店からなくなり、著名人が亡くなり…
世間は大変なことになっていました。
そんな中、私も検査や自己血のために病院屁通ったりなど神経を擦り減らしながら日々を過ごしていました…というのも、手術までに絶対、コロナに罹ってはいけない‼︎と。
そのため、かなり厳しく感染対策していたかと。

仕事もほとんど在宅にさせてもらい、休みの日も遊びに行ったりもせずに日々を過ごしていました。

さてさて、かなり長くなってしまったので、今回はここまでとします。
全くまとまっていませんが…。次回は、再手術の時のお話をしようかと。多分。

ここまで拙い文章をよんでいただきありがとうございました。

しゃけ


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