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SS3「青春のナレハテ」

たった今、俺は人を殺した。目の前で動かぬ肉の塊となった、人だったその姿をじっくりと眺める。深く刻まれた豊麗線と生気のない白髪がその苦労多き人生を物語っている。二度と開くことのない目蓋は重たく、眼前に横たわっていた。
「覚えてる?」
俺は死体に声をかけた。いや、どちらかと云うと自分に、かな。
「昔さ、俺が君からもらった本をさ、無くしたの。それなのに、『何かあったの?』なんてむしろ心配してさ…。」
死体は答えない。いや、生きていても答えただろうか。怪しいものだ。俺は死体の目の前に座る。
「誰が、こんなことになるなんて予想できただろうね。昔はあんなに楽しかったのに。夏は祭りに行って冬は雪を眺めてさ…。」
おもむろに自分の手を見る。あの時こいつの手を引っ張った手。その時は緊張で震えてたけど、今ではしょっちゅう震えている。シワだらけで、ちょっぴり血が付いている。
「戻りたいな…。」
懐古主義は好きじゃない。でもやはり幸せなあの頃に戻りたい。何も考えず、二人だけでどこまでも行けた幸せな記憶。

「でも、もう疲れてしまったんだ。」
それが彼の最期の言葉だった。


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