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36. 泉屋博古館(後編) 【展覧会】

前回の美術コーナーでご紹介した、京都の泉屋博古館、後編です。
前編はこちら↓

美術館についての説明などはこちらをご覧ください。


さて、後編では予告通り、古代中国の青銅器の魅力をお伝えしようと思います。

泉屋博古館は、中国国外では質・量ともに最も充実したコレクションと言われている通り、これまで見たことのない圧倒的な技巧の青銅器を数多く見ることができました。
近年は公式twitterにて #青銅器かわいい のタグをつけて紹介していて、古代中国に興味のない方にもじわじわと人気が出ているとかいないとか。

しかしわたしが青銅器に惹かれるのは絶対、漫画家・諸星大二郎の影響です。(わたしのnoteにちょくちょく登場しながら未だきちんと紹介できていない諸星先生……)今回の展示でも漫画で見たような文様を多く見掛けました。


【中国青銅器の時代】
展示は大きく3つの展示室に分かれ、徐々に階段を上がりつつ、全体像を把握してから詳細に見ていく構成になっていました。

第1展示室では所蔵品の中でも特に優れた技巧で作られた大振りのものを展示しており、見るものを圧倒していました。
次の第2展示室では楽器や酒器など用途によって分類し展示していました。キャプションで当時の使われ方などを解説しながら、時代による移り変わりも分かるようになっていました。
最後の第3展示室では文様にスポットを当て、青銅器に表現された文様の意味を紐解きます。


・中国の青銅器の概略
中国では新石器時代から青銅器が作られていました。
最初は平面的だったものがやがて器の形になり、祭祀に用いる器として発達しました。その技術が円熟するのが商(殷)の時代。形が洗練され、複雑な文様が施されるようになります。
その後の西周時代では酒器より食物を盛る食器が重宝されるようになり、さらに時代が下ると祭祀用という役割が廃れ日用品として用いられるように。文様も簡素になります。

泉屋博古館で展示されていたものの半数以上が商(殷)と西周の時代のもので、わたしは商の頃の精緻で華美な文様の青銅器に目が釘付けでした。
また、商時代とそれ以降のものでは青銅の色が違っていて、金属の配合が違うのでしょう、西周以後のものは表面が一面青い錆で覆われているものが多かったです。商のものはもっと暗い、黒に近い色でした。


・青銅器の形と名称
展示されている青銅器のキャプションを見ると、
鼎、簋、爵、尊、觚……
と読み方もよく分からないような名前が書かれています。

これは何を表すかと言えば、それぞれ「把手が二つついた三つ足の鍋」とか「高台付きの丸い鉢」とかを意味していて、その名称は青銅器本体に書いてあった当時の名称であったり、古典文献の記述と照らし合わせて推定された名前だったりします。
学者や研究者ではないわたしたちがその分類を見てぱっと理解するのは不可能ですし、数多くある名前とその特徴を覚えるのも容易ではありません。
でもそのことに対して、泉屋博古館の解説書では自虐的にこう言っています。

怪異な文様を付けた、重々しい感じ(実際には見かけほど重くはない)の中国古代青銅器は、いささか謎めいた名称で呼ぶのがふさわしいかも知れない。

なるほど確かに。
青銅器は大抵祭祀用なので、実用的というよりは物々しくて独特な形状をしているものが多いです。やたら大仰だったり、足の付け根が袋状に膨らんでまるで獣のお尻みたいだったり。
名称も雰囲気づくりの一部と捉えると、また違った楽しみ方ができそうです。

それにこの美術館では分かりやすい図入りの「青銅祭器の器種」という解説書が無料配布されているので、名前を覚えていなくてもこんな感じで実物を見てから解説に目を通して理解を深めることも可能です。↓

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(ネットに上げて良いのか分からなかったので一部のみ掲載)


ところで、日本で青銅器というと鐘や矛、鏡の印象が強いと思いますが、中国の青銅器は飲食に用いる器が圧倒的に多いです。先程列挙した名称もすべて食に関わる器のものです。
その理由はどうやら古代中国の信仰に関係しているそうで、祖霊信仰の文化が強かったので、祖先にお酒や食べ物を備えるための祭祀が必要とされた背景があるようです。

その他のもの、というと楽器や手を清めるために使うものなどが挙げられます。
☆楽器
多いのは鐘で、手に持って叩くタイプと吊るして叩くタイプがあります。
同じデザインで小さいのから大きいのまで幾つか揃え、音階を作れるようにしたものもありました。
また、小型のものを旅先に携帯することもあったとか。

☆手を洗うためのもの
水を注ぐためのものと、注いだ水と受けるためのたらいがセットで用いられました。
ヘッダー画像はこのたらい(盤)で、「蛙蛇文盤 あだもんばん」と言います。前8世紀、春秋時代前期の作品。
中央にへばりついた蛙の周りに、蛇がぐるりととぐろを巻いて狙っているような柄で、面白いです。制作者は何を意図したのでしょうか。

他、少し鏡や剣などの展示もありました。


・青銅器の文様
青銅器には様々な動物文様が記されています。前述の蛇と蛙もそうですが、最も重要なのが「饕餮 とうてつ」。
商時代から西周時代前半にかけて多く用いられた、怪獣の顔の模様です。
元は大食らいの鬼の名前だったのが、この時代“神聖な怪獣”とされていたと考えられています。

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この画像から分かるように、左右対称の、大きな丸い目と丸まった角が特徴の文様です。体の要素がコンパクトに、象徴的にまとめられています。隙間も渦巻き模様で埋め尽くされ、これぞ古代中国青銅器、と言いたくなる怪しさです。

でもじっくり見てみると意外と愛嬌のある顔をしているのも多いんですよね。ものによって表現の仕方も全然違うので、色々見比べる楽しみもあります。

青銅器が身近にないから今すぐは見られないなあ……という方は、手軽に饕餮文を堪能できるので、諸星大二郎「孔子暗黒伝」をぜひ! 読んでください! 饕餮かわいいので!

その他、龍や鳳凰という架空の動物、鳥や蝉など実在の生き物など、文様の種類は多岐にわたります。


泉屋博古館の青銅器館は以上のような充実した内容で、どれくらいの頻度で展示替えをしているのかは分かりませんが、青銅器に浸りに何度でも訪れたい良き展示でした。
記事にまとめるに当たって助かったことも2点ありました。

・青銅器館は写真撮影がOKなこと
感銘を受けたり、不思議に思った造形をメモ的に記録できます。
特に展示物とキャプションを合わせて撮ることで、振り返った時にそれがどういう意味を持っていたのかも改めて思い出すことができます。
※ガラスケースに入っているので反射してうまく撮れなかったりはします。
ホームページに載っている写真はとても綺麗なので、合わせて利用するといいと思います。

・解説書が充実している
無料でもらえる解説が大変充実しており、今回の記事にも役立たせていただきました。その量、A3両面刷りで5枚。
実物を見て解説をじっくり読むと、古代中国の生活が浮かび上がってきて楽しいです。

【おまけ】
古代中国の青銅器を見終わって辿り着いた一番上の階に、本来これが目的で行ったはずの「泉屋ビエンナーレ2021」がありました。
ここでは、中国古代の青銅器にインスピレーションされた、現代の鋳金作家の作品が展示されていました。

でもそれまでの展示ですでに大満足していたのと、わたしが古代の文様が好きなこともあって、あんまり響かなかったんですよね……。
それだけで、現代美術の展覧会とかの中で展示されていたらもっと楽しめたのかもしれないのですが、如何せんここに到達するまでの情報量がもの凄かったので……。
ただ室内に鋳物の作り方の動画があって、それはためになりました。


何はともあれ全体で4時間くらい、じっくり見させていただきました。
来年には東京の分館もリニューアルオープン予定なので楽しみです。

ではまた。


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