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女性には田の神様に使える神聖な役割があり、田植えをする女性達は「早乙女」(さおとめ)と呼ばれる。

宿神お田植え祭で、早乙女の舞を制作してくれた
日置結弥さんのSNS投稿より、早乙女のお話し。

宿神 神力米のお田植え祭
能と農をつなぐ酒造り、芸能に捧げるお酒。

宿神お田植え祭にて、能楽師の方々に三番三の奉納をして頂きました。


御田祭(おんださい)、お田植え祭は全国にある。田楽と呼ばれる能以前の田遊びも、お田植え祭と繋がってくる。

古くは、「田植え」は、生命を生み出す存在である女性達の仕事で、女性には田の神様に使える神聖な役割があり、田植えをする女性達は「早乙女」(さおとめ)と呼ばれる。

田植えの始まりを「さおり」または「さびらき」と呼び、田植えの終わりを「さのぼり」と言う。

田に植え付ける女性達早乙女が「さおり」から「さのぼり」までの間に行うのは、単に農作業と言うことだけでなく、「田の神様」をお迎えする農耕儀礼の意味もあった。

早乙女達は、重要な神事である田植えの前、
5月4日の宵節句の晩には、男性を戸外に払い、女性だけで菖蒲や蓬で葺いた家の中に閉じ籠って過ごす「忌籠り」(いみごもり)という習俗があり、「女の家」「女の宿」「女の夜」などと呼ばれていたそう。

翁の千種唄・早乙女の舞

潔斎として籠もる家には、邪気や穢れ、魔が侵入しないように、霊力があると信じられた「菖蒲」と「蓬」が、屋根や壁に葺かれて清めとされていた。
調べれば、調べるほどに面白い早乙女の文化。
そもそも女性が担う祭りというものは今の日本にはとても少ない中で、早乙女の存在は、大地母神信仰と結びつく。

奈良では二月より、おんだ祭が各神社ではじまる。今年、奈良県飛鳥坐神社の御田祭をたまたま観に行ったのだが、子孫繁栄をモチーフとした滑稽な陰陽のまぐわい劇だった。

田植えというものが、根源的な生命を生み出す、男女の営みと繋がってくる。稲、米が、わたしたち日本人の精そのもので同一視していたことがみえてくる。

宿神のお田植え祭に向けて、作業唄としての郡上石徹白で唄われるお田植唄を採取に、井上博斗さんを訪ねると、田植えは農作業であると同時に、ハレの場でもあり、男女の出会いの場でもあったことを聞く。

石徹白の田植え唄には、

赤いたすきは だてにもかけぬ
やれ愛し殿さの 遠眼鏡
(赤い襷は、そう簡単にはかけません
愛しい殿方が、遠くから見つめているよ)

という歌詞があって、なんとも艶っぽく、胸が高鳴る。当時、田植えに着る絣の着物は毎年新調していて、年頃の娘が人目に出て華やぐ里のマツリだったそう。

畦から殿方が唄い、田の女性がお囃子を返す。
田に響きわたる、その唄が何度も何度も繰り返されて、無心のお田植え作業へと。

そこに音があるだけで、苦しい作業が愉しいものとなる。

美しい日本の原風景を体感させて頂きました、感謝です。

翁の千種唄

とうとうたらりたらりらと 天の水

とうとうたらりたらりらと 山の神

畔に立っては 虫の音に

沢のどじょうで 踊りだす

海より 上がれよ 魚たち

山にお帰り 獅子たちよ

ここは翁の酒どころ

とうとうたらりたらりらと 天の水

とうとうたらりたらりらと 山の神

千種の川で 星踊リゃ

夜田の籠目も 鶴となる

海より 上がれよ 漁師らよ

山にお帰り 子供らよ

ここは翁の酒どころ

とうとうたらりたらりらと 天の水

とうとうたらりたらりらと 稲の神


早乙女舞 日置結弥 立石郁 帆南
尺八・面 ヌマバラ 三味線 東京月桃三味線
作曲・唄 古田安菜、三浦舞 太鼓・唄 中谷豪秀
作詞 坂本尚志

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