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【名盤レビュー】merveilles / MALICE MIZER(1998)

merveilles / MALICE MIZER

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思い立って、新しいマガジンを立ち上げることにした。
題して、「バックヤードの水槽から」。
安眠妨害水族館でレビューした音源は3,000枚を超えているわけだが、1度記事にしてしまうと、なかなかその音源について語る機会がない。
中には、記事にしてから10年以上経つ作品もあって、書き直したい衝動に駆られることもしばしばである。

そこで、安眠妨害水族館のバックヤードを公開するような感覚で、より主観的な音源レビューを、いつもとは異なる切り口でやってみることにした。
初回の題材に選ぶのは、「ギャ男が選ぶ名盤BEST50」において、個人的な第1位に選出したMALICE MIZER。
リリースから20年以上経ってもなお、ヴィジュアル系史上最高峰に君臨するアルバムだ。

この作品を手に取ったのは、中学生の頃。
当時はヴィジュアルバブルの真っ只中で、地上波ゴールデンの歌番組に「月下の夜想曲」を引っ提げて初登場した翌日は、誇張でもなんでもなく教室の話題は彼ら一色であった。
"なんかミセスマリゼってバンドが凄かった"という声に、バンド名間違ってるよと突っ込みたくなる気持ちと、バンド名すら知らない層にもMALICE MIZERの音楽が浸透しつつあるという興奮が同時に押し寄せ、なんともむずがゆかったのを覚えている。

そんなタイミングでリリースされたフルアルバム。
初回盤は特殊なBOOK型ケース仕様ということで、とにかくすぐに買いに行かねばと、部活が一緒だった守屋くんとフラゲ日にダイエーの向かいにあった新星堂まで走った。
はやく聴きたい、のはもちろんなのであるが、はやく見たい、も付加されるのがMALICE MIZERである。
待ちきれずに守屋くん家の近くの公園でビニールを破ってアートワークや歌詞に目を通す。
めざとく「ILLUMINATI」の歌詞に"モーリヤに身を落とし揺れて…"というフレーズを見つけてしまったため、以降、この曲は守屋くんのテーマソングとなった。
僕らが大学生だったら、きっと守屋くんのコールは「ILLUMINATI」だったはずだ。

なんて、なんだか余計なことをつらつら書いた気もするが、彼らのCDには、そんなワクワク感が詰まっている。
音楽を聴く、という聴覚だけの話ではなく、五感を研ぎ澄ませてアートに触れる、そんな感覚。
ダビング品を聴くだけでは片手落ちで、CDに触れ、アートワークを眺め、古書のような香りに中世ヨーロッパのワインの味覚を想像しながら、そのサウンドに酔いしれる。
後にも先にも、こんな風にCDを味わい尽くしたのは、この「merveilles」だけかもしれない。
清く正しくCDをリリースする意義を体現していたバンドであった。


1. ~de merveilles

導入となるSE。
環境音などをパッチワークのようにつなぎ合わせて、物語性を演出。
曲も詞もないのに、再生や誕生といったテーマを想起させるのだから恐ろしい。

2. Syunikiss~二度目の哀悼~

少し珍しい、Ba.Yu〜kiによる楽曲。
彼ららしい荘厳さとエレガントさを兼ね備えたクラシカルな楽曲に仕上げているのだが、一度バンド演奏を終わらせ、環境音のみを挿入してから再開する大胆なギミックなど、インパクトの創出に妥協を許さないプロ意識には頭が下がるばかり。
「merveilles」の物語は、玄関に、この「Syunikiss~二度目の哀悼~」を持って来ることで大きな広がりを見せていたと言っても過言ではない。

3. ヴェル・エール~空白の瞬間の中で~

メジャーデビューシングルにして、濃厚なMALICE MIZERワールド。
こちらもクラシカルな構成が肝になっていて、キメやテンポチェンジが次から次へとやってくる。
はじめて耳にしたときは、斬新なブレイクに驚いたものだ。
キャッチーなサビだけを聴いていたとすれば、全体観に触れたときに、イメージがひっくり返る可能性もあっただろう。
展開が多い2曲が続いたことで、一気にお耽美な世界観に包まれる。
コーラスが追加されているなど、シングルヴァージョンとの聴き比べも面白そうだ。

4. ILLUMINATI

後にシングルカットされる、彼らなりのサイバーチューン。
無機質な打ち込みサウンドと、不気味に響くクラシックの一節からのオマージュ。
ゴシックやインダストリアルをルーツとして制作されていると思われるが、その雰囲気を残しつつ、リカットできるほどのキャッチー性を担保できるセンスの凄まじさよ。
立体感のある音像に頭がクラクラしてくるのだが、これが心地良いトリップであるように感じてきたら、それこそMALICE MIZERにハマった瞬間であろう。

5. Brise

ハンドクラップを取り入れるなど、ポップスに振り切ったナンバー。
ただし、抜群のアレンジセンスにより、どことなく翳りを帯びていたり、異質さを感じさせるパートが散りばめられているので、これがJ-POP的かと問われると首をかしげてしまうのである。
Vo.Gacktはコミカルに歌い崩すスタイルも馴染んでおり、この頃から懐の深い表現力を誇っていたことが伺いしれる。
アクセント的な楽曲にも、こんなに大きなインパクトが。
隠れた人気曲になるのも納得というもの。

6. エーゲ~過ぎ去りし風と共に~

第一期編成時の作品「memoire」に収録されていた「エーゲ海に捧ぐ」を第二期でリメイク。
この生まれ変わりっぷりには大きな衝撃を受け、思わずタイトルを二度見してしまったほど。
歌詞を書き換えただけでなく、歌メロも大幅に改変。
映写機がカタカタと色褪せたフィルムを再生していくかのように、淡々と綴られるメロディは、穏やかな喪失感に包まれていて、胸を締め付ける。
最初は小さな感情の揺れだったはずが、気付いたときには高波のような激情の渦に飲み込まれている、そんな感覚を追体験していくのである。

7. au revoir

Gt.Mana作曲の歌モノが続く形になるが、フレンチポップをベースにした切ないサウンドは、第二期MALICE MIZERの大きな武器。
ゴシックな音楽性を固辞するのではなく、J-POP的な方向にすり寄るのでもなく、Gacktの華やかな歌声を活かしつつ大衆受けを狙える路線として、この方向感を打ち出せたのが、彼らに追い風が吹く要因だったのではないかと。
もっとも、そんな理屈を抜きしても名曲であるのが、メジャー2ndシングルとなった「au revoir」。
メタリックに傾きかけたという当初のアレンジも気になるところだが、Dr.Kamiが苦心の末に辿り着いた、優しさと激しさが共存するドラムプレイは注目である。

8. Ju te veux

ハズシも上手い、MALICE MIZER。
Gt.Köziらしいデジタルなサウンドワークを、フレンチ風のアレンジに落とし込むと、レトロでお洒落、だけど少し不穏で妖しいダンスチューンに。
インパクトの大きい楽曲に囲まれ、やや地味な立ち位置になるかと思っていたら、ライブパフォーマンスが評価され、むしろ代表曲に準じる位置づけになっていたから面白い。
新境地にチャレンジしたとしても、しっかり自らの音楽性に昇華したうえでドロップする彼らの矜持。
音楽性とは裏腹、凄みを感じる1曲。

9. S-CONSCIOUS

インダストリアルに特化したハードチューンで、中世ヨーロッパ的な世界観の耽美要素は極限まで削ぎ落とした印象。
楽曲単体では好きなタイプとは言えないものの、アルバム全体で見たときに、こういう曲も欲しかった、と素直に思えてしまう。
必要な場所に、必要なピースが揃っている。
この気の利いた感じも、オリジナルアルバムには必要なメリハリなのだろう。

10. Le ciel

後に「Le ciel~空白の彼方へ~」としてシングルカットする、Gacktが作詞・作曲を手掛けたロッカバラード。
白さを意識したシングルヴァージョンと比べて、こちらはバンドサウンドによるシンプルなアレンジになっている。
シンプルといっても、もともとのリズムパターンが複雑で、確実に耳に引っかかるように工夫されているので、十分に存在感はあり。

11. 月下の夜想曲

ブレイクのきっかけとなった衝撃的な1曲。
レトロなフレーズと、荘厳なサウンドを組み合わせることで、かくも御伽噺のような世界観を生み出すことができるのか。
ある種の発明のような楽曲で、もし汎用性が高ければ、耽美系というサブジャンルは、今よりもはるかに多くのフォロワーを抱えることになっていたのだろうと。
幸か不幸か、これを真似したらどうやったってMALICE MIZERになってしまう。
汎用的どころかオリジナルの個性を強調する結果となるため、誰にも手の出せない奇跡のナンバーとなった。

12. Bois de merveilles

ラストに配置されたのは、クラシックからのオマージュを取り入れたショートチューン。
1曲目の「~de merveilles」とタイトルの関連性が気になりますが、入口があれば出口もある、というストレートな推測でもいいのかな。
濃い作品群に対して、2分弱のクロージング。
やや物足りない気もするが、だからこそ生じるインパクトも忘れずに。
つくづくバランスが完璧で、ため息が漏れる。


これほどまでにヴィジュアル系である必然性を感じさせるバンドは他に見当たらない。
彼らがヴィジュアル系を"完成"させてしまったからこそ、ゼロ年代はヴィジュアル系の再定義からスタートすることになったのだろう。
リリースから20年も経てば、音楽だって色褪せてしまうのか。
色褪せるのだとして、なおこのクオリティということか。
そんな神懸り的な音楽を前にしたら、ちっぽけな僕ら、途方に暮れるしかないな。



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