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同じ曲であり違う曲でもある 5選

バンドは生き物、曲は生き物。
そんな言い方をするぐらいに、アレンジするメンバーやとりまく環境、時間の経過や流行の変化などの様々な要因によって、同じ楽曲であっても、まったく別の曲になってしまうことがある。
成熟期にレコーディングした再録ヴァージョンよりも、結成当初に発表した粗削りなデモヴァージョンのほうが格好良かった、なんてケースも珍しくなく、音楽の良し悪しが必ずしも技術力の向上と比例しないのも、いかにも生き物らしいと言えよう。

当たり前と言えば当たり前だが、"これ本当に同じ曲なの?"というレベルの変化は、ヴォーカリストの交代後の再録や、以前所属していたバンドの楽曲を後継バンドにて引き継ぐときに起こりやすい。
歌声や歌い癖が変われば、印象がガラっと変わるというのもあるのだが、歌詞やメロディを変えてしまうケースもあって、なかなか興味深い。
数あるうちの一部、ということにはなってしまうが、個人的に面白かった"同じ曲であり違う曲でもある"を紹介してみようと思う。


SAD MASK / Syndrome(第一期)

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SAD MASK / Syndrome(第二期)

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もっともシンプルな例で、ヴォーカルチェンジ後に収録されたら、なんだか別の曲になっていたというのがSyndromeの「SAD MASK」。
レーベルの代表であったBa.KISAKIが結成するバンドは、MIRAGEや凛など、メンバーチェンジを境に第一期、第二期に分けることが多いのだけれど、一部の代表曲はどちらにも跨って演奏していたりする。

その中で「SAD MASK」を取り上げるのは、歌詞だけでなく、メロディまですべて異なっているから。
演奏については、あまり大幅に変わった印象がないのだが、第一期のVo.龍夜が手掛けた旋律を聴くことなく、第二期のVo.浅葱がゼロから歌メロを構築したことにより、このような変貌を遂げたのだとか。
淡々とコード進行に忠実に言葉を乗せた第一期、伸びやかなメロディを大胆に重ねた第二期、どちらも味わいがあって捨てがたい。

なお、第一期の「蘇生」が、第二期では「Megaromania」としてリメイクされるなど、同じような変化を見せた楽曲は他にもあるのだが、タイトルを変えずに中身だけガラっと変えて見せた点で、「SAD MASK」をセレクト。
第一期だけでも二度レコーディングされており、高音で歌い切れていなかったサビのフレーズを、女声コーラスに置き換えるという裏技を使っているので、こちらの聴き比べも面白いかと。


ト・キ・メ・キ / Missalina Rei

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ト・キ・メ・キ / Deflina Ma'riage 

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もうひとつシンプルなパターン。
歌詞やメロディは変えずに、アレンジや演奏者の個性でオリジナルを上書きしていくケースである。
再録やカヴァー曲の大半はこのパターンに該当するだろう。

ここで紹介するのは、Missalina Reiの代表曲「ト・キ・メ・キ」。
Vo.ありすがわありすの強烈すぎる個性で、ただでさえポップな楽曲に、大きなインパクトを上乗せしていた。
ちょっとやそっとではオリジナルを越えられないカヴァーに挑戦したのは、ex-Aliene Ma'riageのVo.狂華、ex-DEFLOWERのGt.TOMO、そしてex-Missalina ReiのBa.彩を中心に結成されたDeflina Ma'riageである。
言ってしまえばセルフカヴァーであるのだが、まったく個性の異なる狂華が歌うとなれば、アレンジの大幅な変更は必然。
メルヘンと狂気の間を行き来する中毒性の高いギターのリフや、重低音を強調してメタリックに仕立てたミックスに、この楽曲の新たな一面を知ることになった。

Deflina Ma'riageは、そのほか、Aliene Ma'riageの「SUICIDE」、DEFLOWERの「黒き華」も彼ら流のアレンジでリメイクしているのだが、やはり、この「ト・キ・メ・キ」の話題性が群を抜いていたかと。
ありすがわありすの、はっちゃけた台詞やハミングの再現はなく、残念な気持ちもないわけはないが、それでもハードなシャウトに定評がある狂華が、ポップネスに振り切った歌唱をするのだから、十分に新鮮であった。
スパニッシュテイストをメタルに置き換えた「黒き華」も、実はなかなか面白いので、こちらも併せて聴いておきたいところ。


マゾチ「三月に観た夢の再構成」 / アヤビエ

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伍式融天マゾチー / メガマソ

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セルフカヴァーの範囲なのか、原曲をもとに別の楽曲を作ったという意識なのか、いまいち判然としないのが、アヤビエからメガマソに歌い継がれた通称「マゾチ」である。
歌詞やメロディが変わるのは、それを乗せたメンバーがチェンジとなったから、というケースが大半なのだが、Gt.涼平は作曲だけでなく作詞も担当しており、意図的に変化を促したと言えるのだ。

ゴリゴリのハードチューンという様相なのは、どちらにも共通したスタンス。
ギターのリフも、敢えて同じフレーズを使っていたり、タイトルに「マゾチ」要素を残していたりするので、間違いなく関連性は示唆している。
一方で、アヤビエでは、日本語詞でメロディアスな印象を強めていたのに対して、メガマソでは、英詞でヘヴィネスを強調する方向性を模索。
そもそも「マゾチ」とは何だ、という根本的な疑問を置き去りにして、ほぼ歌メロの変化だけで楽曲を真逆のイメージに変えて見せていた。
惜しむらくは、レコーディングをしていた時点で、メガマソのVo.インザーギはシャウトに慣れておらず、元のアレンジのほうが歌唱力を活かせただろうな、といったところ。
話題性の意味でも、出すタイミングが早すぎたきらいはあったのかと。

涼平は、雛罠時代に発表した楽曲をアヤビエにて再録していたが、その際はマイナーチェンジに留めていた。
アヤビエの楽曲を、葵&涼平でリメイクした際も同様で、ここまで大幅に印象を変化させた楽曲は、案外珍しかったりするのかもしれない。


かっこう / Da'vidノ使徒:aL

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かっこう / Klein Kaiser

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Da'vidノ使徒:aLでは、Vo.ピエトロが歌詞を担当。
作曲者であったBa&Vo.ミサが、ヴォーカリストとしてKlein Kaiserを結成する際に、歌詞と歌メロを書き換えて再構築したのが、この「かっこう」である。

確かに、特徴的なサビ前のキメであったり、サビのメロディに面影が重なる部分はあるのだが、「かっこう」というV系シーン、もといJ-POPシーン全体を見渡しても珍しいタイトルを冠していなければ、同じ楽曲だとは気が付かなかったかもしれないレベル。
それほどに、この楽曲は「かっこう」なのであろうか。
Da'vidノ使徒:aLでは、ピエトロ&ミサの朗読のような語りからスタートする、メルヘン色を強めた構成。
それでも、メロディアスに疾走するサビは彼らとしては異色とも言え、ギミックが多い構成も手伝って、カタルシスがたまらない。
対するKlein Kaiserは、クラシカルな様式美を強調したメタルサウンドに昇華。
展開としてはスムースになった印象ではあるが、ドスの効いたミサの歌声が個性となっていて、オリジナルに引けを取らない中毒性を持っていた。

ちなみに、ミサが所属していたAioriaの「瑠璃蝶」は、ソロ名義でリリースしたデモテープに収録されていた「蘇生?」がオリジナルと思われるのだが、どうだろう。
ダークメルヘンな世界観をクラシカルに表現する、彼特有の節回しを持っているだけに、どこまで意図的だったのか、かえって読み切れないな。


極東の恋人 / RIBBON

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極東の恋人 / LAREINE

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月ノ華 / ANUBIS

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RIBBONの代表曲だった「極東の恋人」だが、すっかり作曲者であったBa.EMIRUの代表曲に。
RIBBONが活動を止めてからも、その後、LAREINE、ANUBISと在籍するバンドにてアレンジを変えて演奏されてきた。

この楽曲については、とにかくRIBBONで発表したヴァージョンのインパクトが強烈。
耽美的で美しいアンサンブル。
Aメロ、Bメロ、サビ、いずれもが耳に残る印象的なメロディ。
ニヒルな神崎の歌声との相性も良く、一聴してキラーチューンだと理解できた。
では、それ以降のアレンジが劣化しているかというと、そんなことはなく、真っ向勝負でオリジナルに挑んだLAREINE、バラード調にしてメロディの良さを押し出したANUBIS、いずれも歌詞は書き換えられているが、主だった旋律はそのままに各バンドの良さを引き出していたと言えよう。

面白いのは、作詞者はともかく、何故か作曲者のクレジットもすべて異なっていること。
RIBBONで発表したときは、河愛 花の名義を使用。
LAREINEではEMIRU、ANUBISではRUNをステージネームとして採用していたため、見た目上はいずれも作曲者が違うのである。
同じ曲なのか、違う曲なのかが紛らわしい、特殊なケースということで、これを最後にセレクトさせていただいた。


カヴァー企画モノを含めてしまうとキリがないので、セルフカヴァーの範囲に留まるものに限定したが、探せばまだまだ出てくるだろう。
ときどき、バンドが変わって再録しているはずなのに、どこが変わったのかわからないという逆のパターンも存在。
色々な基準で聴き比べてみると、とても面白いのである。

なお、同じ曲を別物に作り替える試みは、ギタリスト・aieが得意としているようで、deadmanの「701125」は、過去の楽曲をタイトルを含めて再構築した作品であったし、the god and death starsでは「addele apple」を「after the addele apple」として、作品丸ごとリメイクしていた。
cali≠gariも、過去作のリアレンジには積極的。
メンバーチェンジを踏まえた再録であったり、リビルド作品や、セルフカヴァー作品も数多く残している。
復活ブームを背景に、再録アルバムをリリースするバンドも増えてきたが、それぞれを別物として楽しませる工夫に関して言えば、彼らの右に出るバンドはいないのかもしれない。


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