【ミステリーレビュー】そして誰もいなくなる/今邑彩(1993)
ミステリー小説を読むのは小学生時代からの趣味なのだけれど、書斎の整理のタイミングで大部分の本を売っぱらってしまった。
昔は記憶力に自信があったこともあり、犯人だったりトリックだったりを全部覚えていられたからこそ、そう決断したのだが、数年前に読んだ本の内容が思い出せない、内容は覚えていてもタイトルが思い出せない、みたいなことが頻繁に起こるようになってしまったので、再びミステリー小説を集めるにあたり、記録も同時につけておこうかと。
初回は、今邑彩が1993年に発表した長編推理小説、「そして誰もいなくなる」。
タイトルからわかるとおり、アガサ・クリスティーの名作「そして誰もいなくなった」を本歌取りした作品。
演劇部が演じる「そして誰もいなくなった」の芝居の配役通りに、連続見立て殺人が続いていくというストーリーである。
そして誰もいなくなる / 今邑彩
原作を知らなくても、どのようなシナリオか、誰が犯人か、というのは、芝居の台本の解説という形で、序盤で明らかにしてくれる。
そのため、原作の犯人であるウォーグレイヴ元判事役の江島小雪がどのような立ち回りをするのか、というのを読者は考えていくことになるのだが、作中の視点は、むしろアームストロング医師役を代行することになった演劇部顧問かつ演出担当の向坂典子の視点が中心となっている。
フーダニットが争点だが、肝となるのは動機。
メタ視点で見れば、演劇部を狙った愉快犯なんてことはあり得ないので、演劇部であること以外のミッシングリンクがあるはずだが、考えすぎると真の動機に辿り着けない。
オチに関する、もうひとつのドラマが事件の裏で動いており、その伏線があることによって、読者は欺かれる形になっているのだ。
この仕掛けについては、慣れているほうが騙されるという点で、見事だと思う。
なお、会話主体で話が進んでいくため、少し読みにくさを感じる部分はあるだろうか。
こちらが好き好んで30年近く前の現代小説を今更読んでいるわけで、その責任を作者に負わせるつもりはないのだが、スケバン世代の若者言葉が多く登場するので、イメージを頭に思い浮かべようとしても処理が追い付かない場面もしばしば。
名作のオマージュ作品としては良く出来ていると感心するし、そこから先のどんでん返しも用意しているのだが、序盤の展開にはテンポの悪さを感じてしまったので、そこを耐え抜ければ、といったところか。
【注意】ここから、ネタバレ強め。
フーダニットを楽しむには、登場人物のキャラが弱いのが難点か。
演劇部のメンバーはほとんど掘り下げられることなく、微妙な立ち位置にいるはずの人間が妙に深掘りされていくので、動機までは看破できないまでも、犯人はおおよそ見当がついてしまう。
そこに原作での犯人役である小雪がどう絡んでいるのか、まで想像が及べば、どんでん返しがあることも想像できたのでは。
怪しいと思わせる機会がないどころか、名前すら記憶にないレベルで空気になっている被害者予備軍に、もう少し想像を働かす余地がほしかったな。
また、次の被害者も明確になっているため、誰が殺されるのか、というドキドキ感はほとんどなく、むしろ、狙われているのがわかっていて、何故犯人を招き入れたのかとか、のこのこ出かけていったのかとか、そちらのほうにイライラしてくる。
これがテンポを悪くしている原因でもあるだろうか。
この辺りは、隣人ですら不審者だと言わんばかりの現代社会と、地域コミュニティが今よりはあったと思われる当時との文化的ギャップも大きいのだろうが、犯人があまりに堂々と被害者の自宅に赴いての正面突破を成功させているので、せめて警察が次の被害者候補だけでもマークしていれば、あっさり決着したのでは、というツッコミを入れずにいられない。
警察の捜査が後手後手だったのには、本来は切れ者であるはずの皆川が、オチにまつわる理由で気付かないフリをしていた、という背景はあるものの、皆川じゃなくても普通は考え付くよな、さすがに。
加えて言えば、皆川が切れ者だ、というのは若手刑事の加古の言のみなので、その目が曇っているのが伏線になっている、というのはちょっと後出し感がある。
あからさますぎたらバレバレなので避けたい気持ちもわかるが、間にちょこちょこ小さい事件でも起こして、皆川の切れ者っぷりをアピールする機会があっても良かったのでは、なんて思ってしまった。
と、四半世紀以上前の作品に対して、あれこれ推理してみたくなるほどに、なんだかんだ見入っていたのは事実。
最初に想像していた見立て殺人とは違った形で話が転がっていったけど、間接的な殺人を裁くことができるのか、という裏テーマこそが、本作で伝えたかったメッセージなのだろう。
よりリアルタイムに近いタイミングで読んでいたら、もっとも面白かったのかな。
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