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不必要な自販機


私はもう少しで最果ての地にある泉へと辿り着く。
泉の水を呑めば心も身体も若返ると噂され、
それは老いぼれてしまった私にとって希望だった。

後数十メートルで到着というその時、信じられないモノが目に飛び込んできた。
自販機だ。
ラインナップは、がぶ飲みメロンソーダ、チェリオ、マウンテンデュー、ドクターペッパー、コーン茶、見たこともないメーカの加糖コーヒー、おしるこ。そして価格は400円〜と観光地価格。

「誰が買うねん。」
関東出身の老いぼれながら私は心の中でそうツッコんだ。
街中にあってもスルーする類の自販機。
まもなく若返りの水を口にすることができるというのに、
誰がわざわざ400円を出しておしるこを飲むのか、いや飲まない。
その証拠に自販機脇のゴミ籠はすっからかんだ。
コレは不必要な自販機だ。

私は自販機を横目に泉へと再び歩み始めた。
手で水を掬い、口へ運ぶ。
噂は本当だった。
姿勢はまっすぐと伸び、歯も綺麗に生え揃った。
黒さとコシを取り戻す髪。ああ、早くワックスをつけたい。紫のギャッツビーを。
私は何だってできる、あの頃の根拠のない自信も心の中に湧き上がってきた。

家で待つ婆さんのために持参した水筒に水を詰めながら、若返った私は閃いた。
この水を村で売れば大儲けだと。
しかし、容れ物がない。
私はこの程度の計算も出来なかった老いた自分を恨み、項垂れ、暫く虚空を見つめた。
虚空の隅っこは自販機。
自販機。
そうだ、、!
若返った私は再び閃いた。
飲み物を買って中身を捨て、泉の水を詰めれば良いのだと。
キレキレだ。アレは今や必要不可欠な自販機だ。

私は自販機へと駆け戻りながら財布の中身を確認する。
ああ、万札崩しておいてよかった。
一本400円だから、23本か。心なしか暗算も早くなっている。
千円札を挿入する。
しかし、ボタンを押せど押せどチェリオが出てこない。
私は膝から崩れ落ちた。
売り切れている。
全部売り切れている。
全てのボタンが赤く光っていたので気づかなかった。
私は生まれて初めて売り切れのおしるこを見た。
一応写メった。
Twitterにあげた。
18いいね。
ちょっと伸びた。
しかし、絶好の機会を逃した私には何の慰めにもならない。

肩を落とし重い足取りで帰ると、村の皆が出迎えてくれた。
しかし何かが違う。
皆、姿勢が良く、歯も生え揃い、ワックスでカチカチに決め、表情は自信に満ちている。
くそ。あと少し早ければ。

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