カノジョに浮気されて『八犬伝』かおとぎ話かわからない世界に飛ばされ、一方カノジョは『西遊記』の世界に飛ばされました④

「それにもうひとつ、荘介殿が捕われておるのじゃ」と犬飼現八が言った。
「え?荘介さんが?」
佑月は目をぱちくりさせた。
話によると、浜路が網乾左母二郎に誘拐されたことで、陣代の簸上宮六はたばかられたと誤解して、信乃の叔父叔母の蟇六・亀篠夫婦を殺してしまった。
荘介は信乃の叔母夫婦に育てられ、そのことを恩に感じていたこともあり、宮六を殺して仇を討った。
そのことで、荘介は蟇六・亀篠殺しの容疑もかけられて処刑されそうになっているとのことだった。
(ーーそういやそんな話あったっけ?)
佑月はぼんやりと思った。
「ーー荘介殿を助けに行こう」犬田小文吾が言った。
「ーーへ?」
「信乃殿どうなされた、荘介殿を助けに行くのじゃ」と現八。
「ーーいや、無理」
佑月は首を振った。
「何を申される!そなたは芳流閣でこの現八殿と互角の勝負をされた達人ではないか!」と小文吾。
「え?あ、いやーー」
「どうなされた?」と現八。
(無理に決まってんだろ!俺人を斬ったことなんてねえよ!そりゃあの茨木童子って鬼は斬ったけどさ、だからってそんな大勢人がいるところに飛び込むなんてーー)
と佑月は思ったが、佑月を犬塚信乃だと思っている二人には言えない。
「他に三人加勢してくれる者がおる。不意を突けば勝利間違いなし」と犬飼現八が言った。
(ーーそうだ、こんな場所に飛ばされたのに意味があるなら、俺が死ぬことはないはずだ)
佑月は考えた。
「ーーよし、決行しよう」佑月が言った。
「それでこそ信乃殿じゃ!」小文吾は笑った。
「処刑は明日、庚申塚で行われる。そこで不意を突いて、一気に荘介殿を奪い返す。荘介殿を奪い返したら、皆で上州にある荒芽山に向かう」と現八が言った。
それから佑月は、全てのことに現実感がないような、不思議な感覚になった。
これから命の危険がある行為をしようとしているとは思えず、明日になれば何か楽しいことが起こるような思いに囚われた。
(そうだ、俺はこれからこの八犬士と旅をして、苦難を乗り越えて今はまだ見ぬ里見家のために尽くすんだ。そして名のある武士となる。そんな人生も悪くないじゃないかーー)
「そうじゃ信乃殿、丶大(ちゅだい)様からこれを」
といって、小文吾は袋を渡した。
佑月が受け取ると、ずっしりと重い。
袋を開いてみると、砂金だった。
「うおーっ!砂金なんて初めて見る!」佑月が叫んだ。
「丶大様が路用の足しにと我々にくだされたものじゃ」
(これで1日に魚一匹で暮らすなんてことはもうない!)
佑月はその日は犬士と共に寝た。
翌日、佑月と犬士達は庚申塚近くの林で、荘介を捕らえている者達を待ち受けた。
佑月は弓を持たされた。
(弓矢?俺に使えるのか?)
佑月は思ったが、
(俺に運命があるなら、この弓で当てることができるだろう)
と思い直した。
「まず矢で敵を動揺させ、すかさず切り込む」
現八が言って、佑月は頷いた。
やがて、処刑人達の一行が訪れた。
(ーー確かに、犬川荘介もいる)
祐月は現八と小文吾を見た。現八と小文吾が頷く。
佑月は弓を引き絞り、矢を放った。
「うおっ!」
と人が叫んで倒れる。
(当たった!)
現八と小文吾も矢と射た。
処刑人達に動揺が走る。
(今だ!)
佑月は駆け出した。
祐月突然の来襲に動揺する者を一人斬った。
肉と骨を斬る感触が、佑月の手の平に伝わる。
(斬った!そうだ、俺は人を斬れるーー)
佑月はもう一人、人のいる方に向かって駆けていった。
「曲者め!何者じゃ!」
とその男は叫び、刀を抜いて佑月に向かって走ってきた。
佑月に男の殺気が伝わり、全身が総毛立った。
「うわっ!」
佑月の体を恐怖が貫き、佑月はその刀を避けた。
避けた先にもう一人、刀。振ってきた男がいたが、佑月はその刀を横っ飛びに飛んで躱した。
佑月はゴロゴロッと地面を転がり、勢いよく地面を蹴って立ち上がった。
(痛て!背中ちょっと斬られた!)
痛みとともにのさっきまでの全身が麻痺したような感覚が消え、佑月は体の隅々までが生き生きと脈動しているのを感じた。
(ーー俺は犬塚信乃じゃない。俺は永原佑月だ!俺は犬士なんかじゃない!)
佑月はその場から逃げ出した。
「待て!」と敵は追ってくるが、佑月は全力で逃げる。たちまち追手を引き離した。
ふと、背後に人の気配を感じなくなって、佑月は立ち止まった。
林の中に入り、庚申塚の様子を見ると、犬飼現八、犬田小文吾、それに三人の仲間が役人を相手に奮闘している。特に現八と小文吾は、二人で役人衆とほぼ互角の勝負をしている。
しかし何分にも多勢に無勢で、犬川荘介のところにはなかなか近づけない。
佑月が荘介の方を見ると、役人達は犬士達に集中していて、背後ががら空きである。
(ーーあれなら、俺でも荘介助けられんじゃね?)
佑月は思った。(いや無理!さっきだって死ぬ思いしたじゃんか!俺は犬士じゃない。戦うなんて、人を殺すなんて無理だ!)
佑月は逃げようとした。(さよなら荘介さん、現八さんと小文吾さんに助けてもらってくれ)
佑月は荘介に背中を向けた。
(北はあっちだな、なら荒芽山にはこっちにいけばいいだろう。もっとももう一度、現八さんや小文吾さんが俺を受け入れてくれるかどうかは疑問だけどな)
そう思ってしばらく歩いたが、
(ーー一体なんで俺はこんなところに迷い込んだんだ!)
佑月は来た道を引き返した。そして荘介を囲む役人達の背後に襲いかかった。
「うおおおー!」
佑月が叫び声を挙げると、役人達はぎょっとした。
佑月は一人斬り二人斬り、めったやたらと近くの者に襲いかかった。
役人達は浮き足立ち、逃げ出す者も現れた。
そこに現八と小文吾がより勢いづいて敵を切り崩しにかかったため、荘介の周りには人は全くいなくなった。
(今だ!)
佑月は荘介に駆け寄り、脇差を抜いて荘介の網を斬った。
「荘介さん!走れるか?」
と祐月は言った。
「おう!」
荘介は起き上がり、近くにある死体から刀を抜いて犬士達に加勢した。
佑月はほっとした。安心すると、再び恐怖が襲ってきた。
(これで俺の役割は済んだ。もうお役御免だ!)
佑月は再び、北に向かって駆け出した。

一方、海松は旅を続けていた。
「それでねー、友達の洋子がねー」
と、海松は八戒を相手にずっと話し続けていた。
現代日本の学校や高校生の話をしても、八戒にわかるはずがない。八戒はただ黙って愛想笑いをして黙って聞いていた。
「それでね、佑月って男の子がーー」
と言いかけて、海松は黙った。
(なんかお猿さんがいないと変な感じ)
と、海松は自分の落ち着かない気持ちがわからなかった。
そのまま旅を続けているとやがて寺が見えてきた。寺には一際高い宝塔がある。
「お師匠様、あそこに宿を取らせてもらいましょう」
と八戒が言った。
「うん」
と海松は頷いた。
(あれ?なんか言葉が出ないや。さっきまであんなにしゃべってたのにーー)
海松は思った。八戒が宝塔に近づく。
「ごめんください、西域に取経に行く旅の者ですが、一夜の宿を取らせて頂けませんか?」
八戒が宝塔の玄関の扉を叩いた。
「ほう、それは大事な、そして難儀な旅でございますな。ぜひ一晩泊まっていかれると良いでしょう」
と声がして、宝塔の扉が開いた。
海松が中に入ると、突然海松は後ろから抱きすくめられた。
「ひっ!」
と叫びそうになったのを、海松は口を塞がれた。
「わっはっは!西域に取経に行く坊主の肉はものすごくうまいと聞いたからな、頂くぞ!」
と言ったのは、青い顔と赤い髪と髭をし、黄金の鎧を纏った妖怪だった。
「お師匠様を離せ!」
と八戒と沙悟浄がそれぞれ武器を構えた。そこに、
「そちらのお二方、お待ち下さい!」
と声がかかった。女の声である。
「旦那様、そのお坊様を食べるのはおやめください」
と、現れた女は言った。
「黙れ!お前が口を出すことではないわ!」
とその妖怪は言ったが、
「そのお坊様が天竺に向かうなら、宝象国を通るでありましょう。ならばぜひそのお坊様に、父母への言伝をして頂きたいのです」
「ーーそんなことか、それならまたの機会で良いではないか」と妖怪は言ったが、
「あんたがあたしを拐ってここに連れてきたからあたしは国に帰れないんじゃないか!だからこうやって旅の者に言伝を頼むしかないんだよ!旅の者だって誰もが国王に会える訳じゃないんだ!西域に取経の旅に行く偉いお坊様くらいでないと会えないんだよ!」
と女がものすごい剣幕で怒鳴ったので、
「わかった、わかったよ」
と妖怪は言って、海松を離した。
女は海松に近づいて言った。
「旅のお坊様、私はこの西にある宝象国という国の王女で、この妖怪は黄袍怪と言います。私はこの黄袍怪に拐われて妻にされております。故郷の宝象国が懐かしいのですが、拐われた事情から私は国に帰ることができません。どうか宝象国に行って、私の父である国王に私が生きていることをお伝え頂けないでしょうか。宝象国は仏教の盛んな国です。きっと父はお坊様にお会いになるでしょう」
海松も女に近づいて言った。
「あの、なんでしたら弟子ーーあの二人に妖怪退治させましょうか?あの二人も結構腕が立ちますよ」
「何を企んでも無駄だぞ!」黄袍怪が言った。
女はしばらく考えて、
「遠慮いたします。こう見えて、私は黄袍怪がそんなに嫌いではありません」と言った。
(ーーいいのかな?あの子ほっといて)
海松は後ろ髪引かれる思いで、宝象国に向かった。

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