カノジョに浮気されて『八犬伝』かおとぎ話かわからない世界に飛ばされ、一方カノジョは『西遊記』の世界に飛ばされました⑰

「この世界は、壊せない……?」
悟空の如意棒が空振りしたのを見た海松は言った。
「ほらな、世界を壊せるわけないんだよ」八戒が言った。
「ーーいや、壊せる」悟空は元の大きさに戻った如意棒を見つめながら言った。
「はん、だったらなんで壊せねえんだよ」と八戒。
「俺達には何かが足りないんだ。ここから出ていくだけの何かがーーお師匠様」
悟空は海松に言った。「お師匠様はなんでここから出たいんです?」
「え?ーー」海松は口ごもったが、「あたしは彼に会いたいの」
と言った。
「彼?」
「あたしの彼」
「ふーん……動機に問題がある訳じゃないな」と悟空。
「俺は反対だな、この世界を壊すのは」沙悟浄が言った。「この世界が壊れたら、俺達は暮らし憎くなる」
「この世界がなくなってもお寺はあるし、托鉢もできるから」海松は言った。
「いや、この世界って壊れるんですか?」と悟空。
「え?お猿さんこの世界を壊そうとしてたんじゃないの?」
「いやそうですけど、この世界を壊すってことは、俺もお師匠様こと三蔵法師様、猪八戒、沙悟浄が消えてなくなるということですぜ」
「ーー消えてなくなったりしないと思う」
海松は言った。「だってあたしはこの世界のこと、お猿さんも八戒も沙悟浄もよく知ってたもん。あなたがこの世界を出たってみんな消えたりしないよ」
「今のは重要な話ですよ、お師匠様。つまりお師匠様は他の世界からこの世界にやってきて、この世界のことを知っていた。ならばお師匠様がいなくなってもこの世界は壊れないし、この世界に来れた以上、お師匠様はこの世界を出ていくこともできるはずだ。それが出られないということは、この世界をどうやって出るのか、出方がわかっていないか、あるいはーー」
「あるいは?」
「誰かがお師匠様をこの世界に閉じ込めているか。お師匠様はなんでこの世界を出たい』じゃなく、『この世界をぶっ壊して』と言ったんですか?」
「ーーここはあたしをダメにするから」
「ダメにする?」
「あたしは今までここが居心地いいと思ってたんだけど、この間はほら、妊娠なんかしちゃってるし……」
海松は最後の方は声がちいさくなった。「このままじゃどんどん彼に会えなくなっていっちゃう。だからね、ここでいい子にして西域にお経を取りに行くなんてしてられないの。ここはあたしをダメにする。だからぶっ壊してって言っちゃった」
「なるほど……」
「案ずることはありません」と、その時声が聞こえた。
「え?誰?」海松が言った。
「その声はお釈迦様ですね?」と悟空。
「そうです。三蔵、あなたが取経の旅を完遂すれば、誰も成し遂げたことのない偉業を成した者として、計り知れない栄誉を得ることができるのです。三蔵、これは修業なのです」
「修業って……彼と会わないことが修業なんですか?」
「そこに人間としての成長とあなたの栄光があります」
「人間としての成長ってなんですか?」
「あなたが成す偉業は他の誰もできないことなのですよ」
「なんであたしが聞いたことに答えてくれないんですか?彼に会いたいと思うと人間的にダメだっていうんですか?だったらあたしは成長なんてしたくない!栄光なんかいらない!」
「なりません。このまま旅を続けるのです」
「このまま旅を続けてなんになるっていうの?あたしはいつもお猿さんに助けてもらってばっかで、全然修業になんかなってない」
「あなたにはまだ修業の意味がわからないのです」
「何それ?意味わかんない」
「俺もお釈迦様のおっしゃることには疑問を感じますね」
悟空が言った。「なんで男のお坊様でない女の子を無理やり旅をさせる必要があるんですかね?」
「え?お師匠様が女だって?」と八戒。
「間が悪いなあ、お師匠様は彼に会いたいって言ってるじゃないか。お師匠様は女の子だよ」
「それも驚いたけど、俺も旅を止めるのは反対だ。旅を止めたら托鉢で飯が腹一杯食えなくなる」
「間が悪いのに輪をかけるなよ……」悟空が言った。
「あ、あたし八戒にいっぱいご飯作ってあげるから!」海松が言った。
「本当ですか、それならいいや、旅を止めちまいましょう」と八戒は喜んだ。
「俺も消えたりしないってんなら、お師匠様に元の世界に戻ってもらいましょう」と沙悟浄。
「ちっ、お前達」
お釈迦様の声で、一匹の妖怪が雲に乗ってやってきた。
「黄風大王だ!」悟空が言った。
「兄貴!あっちからも!」
八戒が指差した方を見ると、そこにはかつて戦った金角、銀角、紅孩児、羅刹女、牛魔王、如意真仙といった妖怪達が子分を率い、さらに天界から二郎真君や哪吒が天兵を率いて、海松達に迫ってきていた。
「あ、あんな大軍相手に勝てっこないよ」
と、八戒は及び腰になった。
「あれが今までの相手ならな」
悟空は言った。「だが忘れたのか?俺達はこの世界を壊そうとしたし、今も壊そうとしてるんだぜ、この程度の相手にびびることはねえよ」
「この世界を壊すなど不可能です。お前達は逆らうことは許されないのです」
と、お釈迦様の声が聞こえた。
「どうかな?それはそうと、お前は本物のお釈迦様じゃないな?本物のお釈迦様があんな妖怪達とつるんでるはずがない」
「悟空、お前はあの数には敵いません」
「いや勝てる。奴らは俺達の世界の者達じゃない。よこしまな意志が入り込んだまがい物だ。まがい物なら倒せる」
「できません。お前にはこの世界は壊せないのです」
「そのセリフは俺に勝ってから言うんだな!」
悟空は如意棒を大きくして、横になぎ払った。すると黄風大王もその他の妖怪達、さらに天兵達も、悟空の如意棒で一斉に吹っ飛んでいった。
「ーーどうだ!」悟空は叫んだ。
「お前は勝てません。これを見なさい」
お釈迦様の声の方を見ると、5本の巨大な柱がある。
「兄貴!あれはなんだ?」と八戒が叫んだ。
「ああ、あれはお釈迦様の指だな」と悟空。
「そうです。この指が五行山となり、お前は五行山に500年もの間閉じ込められました。そのことを忘れましたか?」
「いや?もちろん覚えてるよ。あん時ゃ参ったなあ、世界の果てまで行ったと思ったら、お釈迦様の手の上から1歩も外に出ちゃいなかったんだからな」
「そうです。お前はまた五行山に閉じ込められるのです。それでもいいのですか?」
「口数が多いな、500年前のあんたはもっと無口だったぜ?」
「黙りなさい、悟空」
「ごちゃごちゃ言ってねえで、男なら力ずくでこいよ」
5本の柱が、悟空に向かって迫ってきた。
「本物のお釈迦様なら俺だって敵いやしないが、偽物のお釈迦様ならこの如意棒の敵じゃない!」
悟空はさらに如意棒を大きくして、三十三天まで届く大きさとなった。
「お猿さん!」海松が叫んだ。
「孫行者と言ってくださいよ!」悟空も叫び返した。
「お猿さん頑張って!」
「あーもうお猿さんでいいや!」
悟空は如意棒をおもいっきり振り下ろした。
如意棒が真ん中の柱に当たると、柱は真っ二つに割れ、さらに柱は真ん中から折れた。
そして空が裂け、暗黒の裂け目が空を貫き、その裂け目から四方八方にひびが入り、暗黒の空がどんどん広がっていった。

(満身創痍ーー)
佑月はは肩で息をしながら思った。
傍らにドラゴンが倒れている。
(何度も死んでやり直しを繰り返して、少しずつアイテムの出し方を見つけていって、とうとうここまできた。もうじき最上階だ。この謎解きの不条理さ、深淵なる世界観、これぞ俺が求めていたものだ。不条理であればあるほどそれを解いた時の達成感は大きい。ここに俺が欲しかったものの全てがある。この塔を踏破することで、俺は他の誰とも違った人間になれる。俺は選ばれた人間だ!選ばれた人間だからこの塔を踏破できる。最上階に待っているのは魔王か?囚われの姫か?ーー)
最上階への階段に足をかけて、佑月はふと右手を見た。
佑月は右手に本を持っていた。
(ーー本?)
佑月がその本の表紙を見ると、その本には「攻略本」と書かれてあった。
(攻略本ーー?)
佑月は最初、意味がわからなかった。
(攻略本、こうりゃくぼん、コウリャクボン、こう、略本?こおりゃくぼん、コーリャク……攻略本?!)
佑月は本の裏を見て、また表を見た。
(そんなバカな!俺は攻略本になんか頼っちゃいない!俺は自力でここまで辿り着いたんだ!)
佑月は本をめくった。書かれている文章に見覚えがある。
(俺が何回も死んで、死ぬような思いをしてきて謎解きをした。あれはーーそうだ、これは俺が昔やったことがあるゲームだ。俺が何回も死んだと思っていたのは、このゲームが出た時に何回もトライして全部の謎解きをした。今じゃ伝説のいにしえのゲーマー達の記憶だーー俺は一人で謎解きなんかしちゃいない)
佑月がそう思うと、天井に裂け目が入り、地響きがして天井が崩れ落ちてきた。
(そんなーー俺が最も運命を感じるこの世界が)
床が崩れ、佑月は落下した。
「わーーーーーーーーーー!!」

気がつくと、佑月は草の中に横たわっていた。
(こんなのってないよーー)
佑月は立ち上がったが、歩き出す訳でもなく、茫然と立ち尽くしていた。
(俺はこれからどうすればいいんだーー)
佑月は目的を見失った体で、ただ風に吹かれていた。
佑月は自分の体を見た。
着物を着ている。腰には村雨がある。
(久しぶりの村雨だーーそうか、俺は『八犬伝』の世界に帰ってきたんだ。でもなんで今この世界に帰ってきたんだ?)
と佑月が思っていると、
「だーん!」
と銃声がして、佑月は銃弾が脇腹を掠めたのを感じた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?