カノジョに浮気されて『八犬伝』かおとぎ話かわからない世界に飛ばされ、一方カノジョは『西遊記』の世界に飛ばされました⑫

「世四郎殿……」
音音は世四郎を見て、顔を背けた。
「おお犬塚殿、ここにごさったか。して他の犬士の方々はまだでござるか」
「義父上」と曳手が言った。
「なんじゃ?」世四郎が聞き返した。
「力二郎様と尺八郎様が、義父上と義母上に祝言を上げて欲しいと申しております」
「なんと?」
「これ」音音は嗜めようとしたが、
「力二郎と尺八郎が、確かにそう申したのか?」
そう言って、世四郎は目線を宙に這わせた。
「ーーええい!わかりました。頼りない亭主で縁を切ればさばさばすると思っておりましたが、お前様も犬士様を助けて男を上げたとのこと、力二郎も尺八郎も父無し子では肩身が狭かろうゆえ、今回形だけでも夫婦関係となって、お前様に改めて力二郎と尺八郎の父親になって頂きます。祝言と言うても三々九度だけですぞえ」
と音音が言った。
(おお!祝言をやるか!)
と佑月はドキドキした。(とすると俺は仲人などさせてもらえるかな)
と考えていると、
「音音、よう言うた!」
と言って入ってきた武士があった。見ると、以外と若い武士である。
「これは犬山様」
と言って、音音と世四郎は手をついて頭を下げた。
(犬山?犬山道節か?)
佑月は犬山と名乗る男を見た。
「これは先客がごさったか。それがし犬山道節忠与と申す。これなる音音は我が乳母であってな。この庵の外で話を聞いて、ならばそれがし媒酌人を務めようと思いましてな」
男が名乗ると、
「いえいえどうぞ、是非媒酌人をお願いします」
と佑月は言った。
(何を調子に乗ってるんだ俺は、俺が仲人なんかまだ早い)
と佑月は、一人で勝手に恥ずかしがった。
早速、大中小3つの盃が用意され、道節が酒を注ぎ、世四郎、音音と、ひとつの盃ごとに、それぞれ3回ずつ飲み交わしていく。
(いいなあ……)
と思って、佑月は見ていた。(そうだ、俺は海松とこういう風に齢を取っていきたいんだーー)
「いい齢になって恥ずかしいったら。力二郎、尺八郎、祝言は済みましたぞえ。気は済みましたか?」と音音が言うと、
「力二郎と尺八郎がここにいるのか?」
と犬山道節が言った。
(え?二人ともさっきからずっとここにーー)
と言おうとして、佑月は力二郎と尺八郎がいないのに気づいた。
(力二郎と尺八郎はどこに行ったのかえ?」
音音が言って、曳手と単節も顔を見合せた。
「お前達、確かに力二郎と尺八郎を見たのか?」と世四郎が尋ねた。
「お前様、何を言うておるのじゃ?」と音音が返すと、
「うむ、それについては思うところがあってな」
と世四郎は、この庵に来るまでに持ってきた風呂敷包みを引き寄せて包みを解いた。
「ひっ!」
と音音、曳手、単節が叫んだ。
(え?)
と佑月も言葉を失った。
風呂敷包みから出てきたのは、力二郎と尺八郎の首だったのである。
「庚申塚で関東公方方の兵といくさをして、力二郎も尺八郎も鉄砲に撃たれてしもうた。二人とももはや虫の息で、敵の手にかかるよりはと、儂の手で首を掻き斬って持ってきたのよ。
力二郎と尺八郎がここに訪れたというなら、それは二人が、儂らに最後の願いをと思うて、魂魄となって現れたのじゃろう。じゃから先ほど力二郎と尺八郎がいたと言われた時も、儂も何も言えずにそのまま祝言を挙げてしまった」
と世四郎は言った。
(そんなーー)
佑月は言葉もなかった。曳手と単節は共に泣き崩れた。
「ああお前達」
と音音が言った。「お前様もものは言い様があるだろうに、いきなり首を見せるとはなんと気の利かないこと、つい先ほど祝言を挙げたばかりですがもうここで離縁してみせましょうか?」
「あ?……いやすまぬ、考えが及ばなんだ」
と世四郎はしどろもどろになった。
そこに、犬川荘介、犬飼現八、犬田小文吾が入ってきた。
「今日は来客が多いな」犬山道節が言うと、
「この方々は、皆道節様に縁のある方々でござりまする」と世四郎が言った。
犬飼現八が霊玉のことを説明し、それぞれが霊玉を見せ、道節が感心していると、
「お上に逆らう謀反者共!神妙にせい!」
と言って、取手達が入ってきた。しかしたちまち犬士達に返り討ちにあった。
犬士達は逃げた取手達の後を追ったが、
「ーー逃がした」
と、戻ってきた犬田小文吾が言った。「もうすぐここに、太田資正の手勢が来る」
(太田資正って、太田道灌の子か?)
佑月は思った。
「敵が来たら、斬り抜けるまで」犬川荘介が言った。
(俺も戦う!ここしばらくの武者修行で、ちょっとはましになったんだ)
佑月は村雨のこじりを床につけて立ち上がった。(二人して旦那さんを無くされた曳手さんと単節さん、この二人は絶対に守ってみせる)
払暁、庵の周りに兵が充満した。
すると、東の風上の方に向けて火矢が飛んだ。
火計である。犬士達はこの火に紛れて、太田資正の手勢から逃げようと思っていた。
「お前達、私達が斬り伏せている間に逃げるんだよ」
音音は気丈にも、頭に鉢巻を巻いて、薙刀を持って言った。
曳手と単節は、馬に乗せられている。
佑月他、犬士達は太田資正の手勢に向けて斬りかかっていった。
(曳手さんと単節さんを守るんだ!)
と思いながら佑月は戦ったが、
「あちっ!」風上から火が来て、思わず佑月は下がった。
(そうだ、火は敵だけに効くんじゃない。俺達にも降りかかってくる)
曳手と単節を乗せた馬は、犬田小文吾が守っていたが、火に驚いた馬が走り出した。
(追いつかないと!)
佑月は馬を追おうとしたが、敵勢に阻まれて行くことができない。
そのうち、佑月の前の敵勢が増えてきて、佑月は前に進めなくなった。
「何をしてる!ここはもう無理だ!退け!」
と、犬山道節が言った。
「曳手さんと単節さんを助けないとーー」佑月は言ったが、
「この手勢を抜けて追うのは無理だ!犬田殿に任せよ!今は我らが落ち時だ!」
道節が言った。
(畜生!俺はまた助けられないのか?……また?そうだ、俺は八百比丘尼だって助けたかったし、海松だってーー)
佑月は手勢に背を向けて逃げ出した。

偽物の芭蕉扇で、火炎山の火はさらに強まり、悟空は両腿の毛まで焼けてしまった。
「あちっ!あちちちっ!」
悟空は転がって、急いで火を消した。
「ちょっとお猿さん、大丈夫?」
と海松が言った。
「大丈夫じゃないですよーーこうなったら、牛魔王にお願いして羅刹女に芭蕉扇を貸すように言ってもらいましょう」
と言って、悟空は牛魔王のいる積雪山に向かった。
「平天大聖!(牛魔王のこと。悟空が斉天大聖というのと同様に、牛魔王は平天大聖と名乗っていた)」
と牛魔王のいる洞に着くと悟空は言った。
「ーー儂を呼ぶのは誰だ」
と、牛魔王はのっそりと出てきた。
「兄者、お懐かしい」
と、悟空は精一杯の愛想笑いを浮かべて言った。
「お前は孫悟空。話は聞いているぞ、我が息子の紅孩児をどこへやった!」と牛魔王は怒鳴った。
「待ってくれ兄者、紅孩児は善財童子として、観音菩薩のところで修行をしているんだ。観音菩薩のところ、ちゃんとしたところだよ」
と悟空は言ったが牛魔王は聞く耳を持たず、得物の混鉄棍を持って打ちかかってきた。
悟空も如意棒で応戦したが、元より牛魔王と争う気はない。
ほとぼりを覚ました方がいいと機を見て牛魔王から離れ、
「兄者、またな」
と言って筋斗雲の乗って海松のところに戻った。
「ーーよし、次は俺が牛魔王に変身して羅刹女から芭蕉扇を奪い取ってやる」
と今度は、悟空は三度羅刹女のいる芭蕉洞に向かうことにした。
芭蕉洞に着くと、悟空は牛魔王に変身した。
「おーい、俺だ。牛魔王だ」
と悟空が言うと、中から羅刹女が出てきた。
「あらあなた、突然お出でになって」
と羅刹女は嬉しそうな声をあげた。
「なに、お前の顔が見たくなってなーーん?」
と悟空が言ったのは、中から賑やかな声が聞こえてきたからだった。
「あらやだ、あなたも便りもなしにいきなり来るもんだから、うっかり人を集めて酒盛りしちゃってまして恥ずかしいったら」と羅刹女は顔を赤らめた。
「なに構わんさ、儂も一緒に酒盛りするとしよう」
と牛魔王に変身した悟空は、中に上がり込んだ。
中では多くの妖怪達が酒盛りをしている。
(ーー羅刹女は牛魔王がいない間、こんな生活をしているのか?)
と悟空は思ったが顔には出さず、
「しばらく見ない間に、お前もきれいになったな」
と、ここぞとばかり羅刹女の機嫌を取った。
羅刹女も機嫌良く、ころころと笑っている。
「そういえばあなた、あなたが留守の間にあなたの義兄弟の孫悟空が来たんですよ。芭蕉扇を貸してくれって、紅孩児のことも忘れて図々しいったらありゃしない」
と羅刹女は言った。
「うむ、孫悟空という奴はなかなか悪知恵が働くからな。芭蕉扇は盗まれなかっただろうな」
と悟空が言うと、
「大丈夫ですよ、あなた、ここに」
と羅刹女は舌を出して、小さな葉っぱを取り出した。
「はて、芭蕉扇とはこんな小さなものだったかな?」
悟空が言うと、
「あらやだあなた、大きくする呪文を唱えるんですよ」
と言って、羅刹女は芭蕉扇を大きくする呪文を教えた。
悟空はその呪文で芭蕉扇を大きくしてみせて、
「残念、俺だよ」
と言って正体を表した。
「あ!お前は孫悟空!おのれ!」
と言って羅刹女はかかってきたが、悟空はそれをかわし、芭蕉洞から逃げ出した。

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