伊達政宗㉖

伏見で、政宗は家康に謁見した。
謁見、というのがまさにふさわしい。
政宗と家康は、形式的には豊臣政権内の同僚だが、実質的な天下人となった家康との関係は、主従関係に近くなってきている。
「おお、大崎少将、よう参られた」
と家康が言うのに、
「ーーご尊顔を拝し、恐悦至極に存じまする」
と、政宗も主君に対する挨拶になっている。
「どうじゃ、近江の新領には参られたかな?」
家康は言うと、
「は、結構な所領を頂き、ありがたき幸せにござりまする」
と一応は礼を述べた。
「されど」
と政宗は続けた。「お約束は百万石であって、42万石頂くはずでござりましたが、未だ2万5000石しか頂いてござりませぬ」
と、政宗はぬけぬけと言った。
「まあまあ、蒲生飛騨にも所領をやらねばならぬゆえな、ちと待たれよ。今日本には土地がないが、そのうち良い折りもあろう」
家康は言ったが、徳川家は関ヶ原で400万石もの大勢力になっている。
「はっ、なれど元が100万石のお約束であったからには、もそっと頂いても罰は当たらないと存じまするが」
と、政宗も食い下がる。
「うむ、しかし大名達の目がうるさくての」
と家康は、岩崎一揆の件を暗に仄めかすように言った。「そこでじゃ、少将、天下普請に力を貸してくれぬかの?」
と、家康は切り出した。
家康の要請は、江戸城と江戸の町造りの天下普請への政宗の協力だった。
江戸では、既にこれまでなかった天守閣の建造に取りかかっている。
しかしそれだけでなく、関東に入部して以来、田舎城のままにしていた江戸城を、天下を治めるための、大坂城にも匹敵する大城郭へと改修しつつあった。
江戸城の改修に伴い、江戸の町造りにも取り組みつつあった。
むしろ、町造りの方が大事業である。
秀吉が家康に江戸を拠点にするように勧めたのは、江戸が交通の要衝で、関東を治めるのに適した地であったからだった。
しかし江戸には欠点もあった。
今でも四ッ谷、市ヶ谷など「谷」の字がつく地名が東京にはあるが、昔は本当に谷だった。つまり江戸には山があったのである。
しかし秀吉が、不親切で山の多い江戸を、家康の拠点に勧めたのではない。
山を切り崩して、大人口を抱えられる都市に造り変えよというのが、秀吉の意図である。豊臣政権で日本最大の大名だった家康なら、それができるだろう。
そして実際、家康はそれをやった。己の財力を用いてでなく、全国の大名に命じて都市造りを始めたのである。
山を削り、土は内海に捨てて埋め立て、江戸の下町を造っていった。
その天下普請に、政宗も参加せよというのである。
「お任せあれ、城の改修なりと町造りなりと、それがしご期待に答えてみせまする」
政宗は淀みなく答えた。「ーーで、天下普請の功績ということで恩賞が頂けるので?」
と政宗は念を押した。
「いやいや、天下普請でいちいち恩賞を与えては土地がなくなってしまう。五郎八姫は息災かの?」
政宗の長女の五郎八姫は、家康の六男辰千代(松平忠輝)の許嫁である。
「はっ、健やかに育っておりまする」
政宗は答えた。五郎八姫は8つになる。
「辰千代は10歳じゃ、天下普請が終われば、まもなく祝言じゃ」
「はっ、左様にござりまするな」
政宗は相槌を打った。「ーーして、いわば結納として恩賞を頂けるので?」
政宗は食い下がった。ここはなんとしても、恩賞についての言質を取っておきたい。
「いやいや、徳川家と縁組をしている大名は多い。祝言のたびに土地を結納にはできぬわい」
(ーー内府、儂をなぶるか?)
と、政宗はかっとなりかけた。このまま言を左右にして恩賞を与えないつもりかと思ったのである。
しかし家康は、扇子を政宗に向けた。「抑えよ」ということである。
「兵五郎のことだが」
と、家康は政宗の長男のことを言った。
政宗の長男は、6歳で秀吉の手によって元服し、秀宗と名乗っていた。
「はっ、兵五郎はなるべく早く、江戸でお仕えさせようと」
「うむ、少将は、ご母堂はまだおられるであろう。達者かな?」
「はっ、息災であるとは伺っておりまするが、なにぶん母上は山形にいらっしゃるゆえ」
「儂はな、幼い時に母上が父上と離縁されて、それ以来母がおらなんだ。齢を取ってようやく母上に親孝行できるようになったのじゃ。親孝行はできる時にしておかぬと、したいと思った時にはそれもできぬということになりかねぬぞ」
「ーーはっ」
と、政宗も答えるしかない。
「しかし最上侍従(義光)は嫡男と仲が悪い。そなたのご母堂も心を痛めておられるであろう。そなたはご母堂に心配をかけることのないようにな」
「ーーはっ」
「江戸では外桜田にそなたの屋敷地を用意しておる。そこに屋敷を立てるがよい。江戸でのそなたの働きを期待しておるぞ」

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