カノジョに浮気されて『八犬伝』かおとぎ話かわからない世界に飛ばされ、一方カノジョは『西遊記』の世界に飛ばされました①

(おーなんてこったい…)
永原佑月は頭を抱えた。カノジョを他の男に取られるとは。
(そりゃないよ海松(みる)…)
佑月は背をかがめ、夕暮れの道を海ヘと歩いた。
(俺は山下のことをずっと友達だと思ってた。けど違ったんだな、うん。友達なら俺のカノジョ取ったりしないもんな。山下にとって俺って何だったんだろう)
海が見えてきた。敦賀湾である。日が暗くなり、気比の松原は黒いシルエットと化し、ただ波の音だけが強く感じ取れる。
(確か洋楽であったっけな、あいつは俺の親友で、あいつは俺のカノジョで、でも俺は裏切られたって曲が。ずいぶんとオールドヤンキーな曲だったと思うけど)
佑月は歌った。

「Roll away the stone

(この石を投げてくれ)

Don't leave me here all alone

(こんなところにひとりにしないでくれ)

Rescurrect me protect me

(助けてくれ守ってくれ)

…What will they do in two thousand years, yeah?

(2000年もこんなことでヘトヘトだよ!)」

人は初めて手ひどく裏切られた時、激しく怒るよりも、現実逃避してでも今自分がいる世界を守ろうとすることがある。今の佑月がそういう気分だった。
波の音が音楽を奏でているように聞こえる。佑月は暗くなって定かでなくなった水平線に向かって歌い続けた。
すると、次第に波の音が遠ざかって聞こえた。
(ーーおや?)
と佑月が思っていると、急に光が強くなった。
太陽の光ではない。太陽は既に沈んでいる。
(眩しい!)
佑月は手で目を覆った。
ようやく光が収まってあたりを見渡すと、景色が一変している。
「あれ?ここーーどこだ?」
さっきまでの海岸とは違う、森の中の小径だった。しかも黄昏時から、昼間に変わっている。
「信乃殿!」
と、男が一人駆けてきた。
「あんたーー誰?」
と佑月が言ったのは、男が時代劇で見るような、侍の格好をしているからだった。
「誰ってーー忘れたのでござるか?」男が言った。
「忘れたも何も初めてだけど。ってあれ?」
佑月は自分の身体を見回して驚いた。佑月もすっかり侍の姿になっている。
「一体どうしたのでござるか?そなたは犬塚信乃殿ではござらぬか」
「犬塚信乃ってーー『八犬伝』の?」
「その『八犬伝』どやらは存ぜぬが、そなたは犬塚信乃戍孝、それがしは犬川荘介義任にござる」
「犬川荘介?もろ『八犬伝』じゃん。え?」
佑月は身体中を触って、腰にあったものを手に取った。
それは守り袋で、開いてみると玉が入っており、取り出してみるとその玉には「孝」の字があった。
「ほんとだ!すげー、この字どうやって浮かび上がってんだ?」
と、佑月は妙なところで感心した。
「ーーそれが不思議な霊玉なのはもちろんだが」
と荘介が言った。「本当に大丈夫でござるか?そなたは信乃殿でござるぞ」
「ああーーうん、大丈夫、俺は犬塚信乃」
と、佑月は最後は小声になって言った。
「ともかく、それがしは大塚に戻る」と荘介が言った。
「大塚?」
「此度の役儀をお忘れか?その腰にある村雨を滸河公方に献上することじゃ。それがしは浜路殿のことも気になることでござるし」
「浜路?あの美人の?」
言って、佑月はしまったと思った。
「そうじゃ、美人の浜路殿じゃ、そしてそなたの許嫁じゃ」
荘介はむっとして言った。「それがしは大塚に戻る。そなたもいつまでも呆けておらずに、役割をしっかり果たすことじゃ」
そう言って、荘介は佑月から離れていった。
(「浜路?あの美人の?」なんてバカなことを言ってしまった)
そう思って、佑月は一人で、耳まで真っ赤になった。
「ーー荘介は向こうに行った、ってことは俺達はこっちに行けばいいのかな?」
と、佑月は一人呟いて、荘介が向かった方とは反対の方向に行った。しばらく歩くと、
「もし」
と、佑月は声をかけられた。
声の方を見ると、そこに女がいる。
「ーー誰?」
「産女じゃ」
「産女?」
産女とは、産褥で苦しんで死んだ女が物の怪となったものである。
女は佑月に、何かを差し出した。
佑月が受け取ると、それは赤ん坊だった。
「え?どういうこと?」
佑月は聞いたが、女は消えてしまった。
「えっ?いなくなったーー」
佑月は赤ん坊を抱えて呆然とした。「こんな赤ん坊を俺にどうしろっていうんだーー」
(『八犬伝』では、この後浜路は死ぬんだよな。海松、浜路、それに赤ん坊ーー)
佑月は川を前にした。
「ーー橋はないの?」
佑月は橋を探したが、やはりない。
佑月は、腕の中の赤ん坊を見た。
「歩いて渡れってのかよ…」
そう言って、佑月はなおも逡巡してそこに佇んでいたが、思い切って川の中に身体を入れた。
(大丈夫、泳がなくても歩いて渡れる)
川の中ほどで、佑月は赤ん坊が濡れないように高く掲げた。
(しかし女に浮気された日に、赤ん坊を受け取るなんて考えようによっちゃ縁起でもないよな)
佑月は対岸に辿り着いた。
「やれやれ濡れたな、赤ん坊は無事か?ーーえ?」
佑月が驚いたのは、確かに腕に赤ん坊を抱いていたの゙に、その赤ん坊が木の葉になっていたからだった。
「なんだこれは!」
佑月は、木の葉を撒き散らして叫んだ。
「もう訳がわからん!」
佑月はそのままどんどん進んでいった。
(なんだこりゃ!カノジョに浮気された俺をバカにしてやがるのか!)
そのうち日が暮れてきた。
やがて道は山の中に入った。すると前から人が騒ぐ声と、剣戟の音が聞こえてきた。
「え?何これ、切り合ってるの?」
佑月は戸惑った。切り合う覚悟など佑月にはない。
まもなく、前からわっと人が出てきた。と思ったら人でなく、角が生えている。
「わっ!鬼!」
佑月はのけぞった。
「酒呑童子覚悟!」
と、後ろから来た武士がその鬼を袈裟に斬った。
さらにもう一人、鬼が飛び出してきた。
「茨木童子覚悟!」
と、もう一人の武士が現れて鬼の腕を斬った。
「わー!」
佑月は逃げ出した。しばらく走って、
「ーーふー、なんなんだここは」
そう思うと同時に、佑月は空腹を覚えた。
目の前に小川があった。
月明かりに小川を覗き込むと、川の中に鮒がいる。
「ーーどりゃ!」
佑月は川の中に飛び込み、鮒を捕まえた。
「やった!捕まえた!」
小川から上がると、
(えーと確かサバイバルの本に焚き火の火のつけ方が書いてあったな)
佑月は思い出しながら、小枝を拾い集め、時々タバコを吸うために持っていたライターで火を点けた。

佑月は焼いた魚を食べて、また歩き出した。
(ーーあれ?)
歩いていて、佑月は思った。(これ、さっき歩いていた道じゃないか?)
するとまた前から鬼が飛び出してきて斬られ、もう一匹鬼が出てきて腕を斬られる。
(嘘?デジャヴュ?)
佑月は再び逃げ出した。

(ひどいよ佑月ったら話も聞かないでーー)
八代海松は夕暮れの街を泣きながら歩いていた。
(そりゃ山下くんには誘われてその気になっちゃったけどーー)
そのまま海岸までの道を歩いて、海に出た。
海松は海岸の砂の上を歩く。
(ーーあれ?)
海に向かって歩いているのに、みるみる海が遠ざかっていく。
とうとう、あたりは一面砂だらけの景色になった。
(ーーどういうこと?ここ砂漠?)
「そこのお方」
と声をかけられてはっとした。
声の方を見ると、山がある。
その山に、一匹の猿が挿まれ、顔と腕を出していた。
「え?お猿ーーさん?」
海松は目をぱちくりとさせた。
「そこのお方、天竺にお経を取りに行くのでございましょう」と、その猿は言った。
「お猿さんがしゃべった!」海松は驚いて言った。
「俺は孫悟空という者です。昔天界で悪さをしたため、お釈迦様によってこの五行山に閉じ込められております。お釈迦様は天竺にお経を取りに行くお坊様が通りかかるから、そのお方にここから出してもらって、弟子になってお経を取りに行く旅のお供をするようにと言われました」
「え?あたしがお坊さん?」
と言って、海松は自分を見て驚いた。いつの間にか服が僧服に変わっている。
「え?嘘!あたしお坊さんなんかじゃないよ」
と、海松は慌てて否定した。
(それに三蔵法師って男の人じゃん、ってあれ?ドラマじゃ女の人が三蔵法師やってたっけ?)
海松は混乱していた。
「それでお坊様、俺の頭の上にあるお札を剥がしてくださいませんか?」
「え?お札?ああこれね」
海松は悟空の頭の上の岩肌に貼ってあるお札を剥がした。
「それじゃお坊様、少し離れててください」
「ーーこのくらい?」
海松が悟空と距離を置くと、ドカーンという爆発音がして、悟空が岩から出てきた。
「それじゃお坊様、これからはお師匠様と呼ばせて頂きます」と言って、悟空は手を前に組んでぺこりとお辞儀をした。
「あたしはお坊さんじゃないんだけどなあ…」
海松はため息をついた。そもそもここからどうすればいいの?」
「ああそうだ、俺も服を着ないと」
悟空は辺りを見渡すと、遠くに虎がいるのを見つけた。
悟空はくるりととんぼ返りして雲に乗り、その虎のところに向かうと、耳から針くらいの大きさの如意棒を取り出した。
悟空は如意棒を大きくして、虎の頭にガツンと、如意棒で一撃を食らわせた。
そして悟空は虎の皮を剥いで、衣服に仕立て直した。
「お猿さん、君って乱暴!」海松は言った。
「お猿さんじゃなくて、孫行者と呼んでください」と悟空。

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