カノジョに浮気されて『八犬伝』かおとぎ話かわからない世界に飛ばされ、一方カノジョは『西遊記』の世界に飛ばされました③

(『八犬伝』で八百比丘尼っていや、確か妙椿って狸が化けた奴だったな?でも犬塚信乃が妙椿に会ったりしたっけ?そもそもその八百比丘尼ももっとおばさんだったはずだけど。この子俺と齢の差ないじゃん)
佑月は八百比丘尼を見て思った。(それにしてもかわいいな)
「ーーへえ、それは大変ですね。死ねないってのは他の人にはわからない苦労があるんでしょう」
と、佑月は八百比丘尼に言った。
「そりゃ苦労しましたよ。夫にも何人にも先立たれ」
「え?夫がいたんですか?」
佑月の声が高くなった。
(はい)
とだけ言って、八百比丘尼は頷いた。
(ーーそれも何人も?俺この尼さん、いやこの女の子からかわれてるんじゃないの?)
「ーーそれは大変ですね…」
佑月はやっとそれだけ言った。
「一緒になった夫が何を望むかご存知ですか?」八百比丘尼は言った。
「はい?」
「男がおなごに求めることは変わらないことです。変わらないなんてあるはずないのに」
(なんかがすごい話になってきたようなーー)
夜になり、明かりを消して眠ることになった。
佑月はむくっと起き上がった。
(八百比丘尼ーー)
気になり出したら、佑月は八百比丘尼のことしか考えられなくなっていた。
佑月はそっと歩いて、八百比丘尼のいる襖を開ける。
八百比丘尼は寝ている。
佑月は八百比丘尼に襲いかかろうとして隙を伺った。
八百比丘尼は完全に寝ているが、佑月は襲おうとしない。
まだ何かのリスクがあるかのように、八百比丘尼を見つめている。これが躊躇だということが、佑月にはわからない。やがて、
「ううっ…!」
という、八百比丘尼の唸り声が聞こえ、佑月はビクッとした。
起き上がるかと思ったが、八百比丘尼は起きない。
「ううっ…許さない…!」
と、八百比丘尼は言った。
佑月は息を止めて見ていたが、しばらくして寝言だとわかった。
佑月は萎えた。
佑月は襖を閉めて目を閉じた。

その間、海松の旅は続く。
悟空は托鉢に出ていた。
「兄貴まだかな、腹減ったよ…」
八戒が言った。
海松がふと前を見ると、前から籠を背負った18歳くらいの美女がやってくる。
「お坊様、この籠には食べ物が入っております。布施致しましょう」
と、その娘は言った。
「ありがとう」
海松も旅慣れてきて、にっこり笑って答えた。
「やった!食い物だ!」
と八戒は、相手が美人ということもあって一層喜んだ。
ところがそこに悟空が戻ってきた。
悟空は耳から如意棒を取り出し、娘の頭にガンと一撃を食らわせて叩きのめしてしまった。
「あっ!」
と海松は言ったが、もう娘は動かない。
「兄貴が人を殺した!」と八戒が言った。
「ーーお猿さん乱暴!」
と、海松は悟空に言った。
「お師匠様、あの娘は妖怪でございます」
と悟空は言ったが、
「お猿さんダメ!南無阿弥陀仏南無妙法蓮華経…」
と海松は唱えた。
「いててて!」
悟空は頭を抱えた。
「いいぞお師匠様!もっとやれ!」空腹で腹が立っていた八戒が言った。
「お師匠様!あの籠を見てください!」
と悟空が言うので見てみると、籠の中は蛆虫やナメクジや蛙などがうじゃうじゃいた。
「ヒッ!」
と海松は、籠の中を見て数歩後退った。
(ほんとに妖怪だったんだ…)
と海松は思った。ところが、
「兄貴は怒られるのがやだから、籠の中身を妖術で変えたんですよ」
と八戒が言った。
「いや八戒の兄貴、孫の兄貴に限ってそれはないですよ」と沙悟浄。
海松はしばらく考えて
「お猿さん、今回だけは許します」
と言った。「それでお猿さん、托鉢の方はどうでしたか?」
「お師匠様申し訳ありません、托鉢でお布施を頂くことはできませんでした」と悟空。
「兄貴は托鉢で食い物をもらえなかったから、簡単に恵んでくれたあの娘に腹を立てて殺したんだ!」と八戒が騒いだ。
(確かにちょっとお腹が空いたな…)
と海松も思った。
と言った。しばらく歩くと、前から80くらいの老婆がやってきた。
「もしお坊様、私の娘を見ませんでしたか?」
とその老婆は海松に尋ねた。
「ほら見ろ、あの娘さんは妖怪なんかじゃない、人間の娘だったじゃないか」
と八戒が言った。しかし悟空は、
「18くらいの娘の母親がこんな80くらいの坊さんな訳あるもんか!」
と言って、この老婆も如意棒で殴り殺してしまった。
「お猿さん!なんてことするの!」
海松は怒った。「お猿さんみたいな子はもう弟子じゃありません!」
「あーあ、ひでえなあ」と八戒。
「お師匠様誤解です。こいつも妖怪なんです」
と悟空は弁解した。
海松は気持ちが乱れたが、抑えて悟空に馬の口を取らせて旅を続けることにした。
一行が山の中に入るとまた前から、今度は老人がやってきた。
「もし旅のお坊様、儂の妻と娘を見かけませんでしたか?」
と老人に尋ねられ、海松はたまらなくなった。
(ああ、やっぱりあのお婆さんと女の子は人間だったんじゃーー)
悟空は口に呪文を唱えると、二人の老人が出てきた。
「旦那、お呼びで?」二人の老人は言った。
「土地神と山神か」悟空が尋ねた。
「へい、左様で」二人の老人は答えた。
「ちょっと、あの妖怪が逃げないように見張っててくれ」悟空が言うと、
「承知しました」
と二人の老人は空を飛び、雲に乗って一行を見下ろした。
すると、先に来ていた老人はだらだらと汗をかいて海松に言った。
「もしお坊様、あの猿のお弟子の方は大変怖い目をしてらっしゃいます。年寄りには目の毒でございます。あのお弟子の方をもう少し下げてくださいませんか?」
「お猿さん下がって!」
海松は言ったが、悟空はどんどん進んできて、やはり如意棒で一打ちに殺してしまった。
「お猿さん!」
海松は怒鳴った。
「おーい!降りてきて説明してくれ!」
と悟空が空に向かって叫ぶと、空から二人の老人が降りてきた。
「お初にお目にかかります。儂はこの土地の神、そしてこの者はこの山の神でございます」
と、老人の一人が言った。「かねてより斉天大聖(悟空の別名)の旦那のご高名を伺っておりまして、この度斉天大聖の旦那が妖怪を退治するというので、旦那にご協力させてもらえるとは名誉なことと思い、妖怪が逃げぬよう見張っておりました」
「なんだよ、斉天大聖って兄貴が天界で暴れてた頃の名前じゃねえか。お前ら兄貴とぐるで、人間を殺すために兄貴に協力したんだろ?」
八戒が言った。
「とんでもない、この妖怪についてご説明させて頂きます。この妖怪は白骨夫人と言いまして、人の屍に深山の発する気が溜まり霊力を持つようになったものでございます。変化の術を得意とし、偽の屍体を残して魂だけで逃げることができます。度々行者がこの山に白骨夫人の退治に来るのですが、妖怪が術を使って逃げてしまうため、なかなか退治できずにおりました」
と土地の神は言った。
(うん、筋は通っている…)
海松は思ったが、何か納得いかない。
「なんだよ、それを言うなら俺だって元は天界の水軍大将だったんだぜ。その俺が言うんだ。お師匠様、娘も老婆も老人も三人とも人間です。兄貴が間違って人間を殺してしまったため、この二人は兄貴とぐるになってごまかそうとしてるんだ」
八戒がそう言うので、海松もすっかり悟空に腹を立ててしまった。
「お猿さん、君を破門します!」
と海松は言ってしまった。
「お師匠様!信じてください!」
悟空は言ったが、海松はそっぽを向いてしまった。
「ーーなんだよ!もう助けてなんかやらないからな!この先妖怪にでも喰われちまえばいいんだ!」
悟空はそう言って、觔斗雲に乗ってどこかに行ってしまった。
(ーー破門ねえ、あたしお経もろくに唱えられないんだけど)
海松はため息をついた。
改めて八戒が馬の轡を取り、一行は旅を続けた。

翌日、佑月は早々に八百比丘尼の庵を出た。
(寝てねえ…)
一晩寝てなかったために歩きながら頭がくらくらする。
(ーーなんだよもうなんで俺はあそこであの女の子に手を出さなかったんだろうねえ、俺はずっとこんな感じなのかなあこの先ーー)
と祐月は、昨夜のことが悔やまれた。そこに、
「犬塚殿!」
と声が聞こえた。
見ると、二人の武士が佑月に向かって駆け寄ってくる。
「ーー誰?」祐月は言った。
「誰ってーーお忘れでござるか?」犬田小文吾悌順(やすより)じゃ」
「犬飼現八信道じゃ」
と、二人の武士はそれぞれ名乗った。
(ああまた八犬士か。それにしてもなんで出会いの場面を端折ってこういう遭遇をするんだろうね。めんどいなあーー)
「大塚に戻られたか」犬飼現八が言った。
(大塚?ここ大塚なの?)佑月は思った。
「信乃殿、よく聞かれよ」
犬田小文吾が言った。「そなたの許嫁の浜路殿だが、殺されてしもうたのじゃ」
「え!」
佑月は驚いた。(俺浜路に会ってないじゃん!)
「そなたが言っていたように」
と小文吾が言った。「そなたの叔父の蟇六(ひきろく)には企みがあった。蟇六から浜路殿を大塚の陣代の簸上宮六に嫁がせようと画策していた。しかしその浜路殿を、網乾左母二郎という者が拐って、浜路殿は抵抗したところ殺されてしもうた」
(浜路、美人というから一度会ってみたかった。それにしても哀れだ。俺は浜路の許嫁の犬塚信乃じゃないけど、浜路に会わせてみたかった。この悲しさが『八犬伝』だーー)

※最初の投稿では内容を間違えたため、文章を差し替えました。申し訳ございません。

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