カノジョに浮気されて『八犬伝』かおとぎ話かわからない世界に飛ばされ、一方カノジョは『西遊記』の世界に飛ばされました⑥

夜になった。
「それじゃ犬、ちょっと大変だけど反対側の南から城の中に入ってくれ。雉、猿。犬は城の壁を越えなきゃならないからサポートしてやってくれ。このロープを使ってな」
「ロープって何ですか?」雉と猿が聞いた。
「ーー綱だよ。これで犬の体を引っ張り上げて、犬を塀の中に入れてやるんだ。犬は塀の中に入ったら繁みかどこかに隠れるんだ」
「わかりました!」雉と猿が言った。
(疲れるなあーー)
佑月は思ったが、とりあえず話を続けた。
「犬は月が中天にかかったら、城の中を走り回ってくれ。雉は犬を城の中に入れた後、城の西側に回って、月が中天にかかったらそこで暴れてくれ」
「わかりました!」
「猿は犬を城の中に入れた後、ここに戻ってきて、月が中天にかかったら俺と一緒に城の中に入る。鬼の顔を引っ掻くことはできるな?」
「できます!」猿が言った。
「よし、鬼が現れたら鬼の顔を引っ掻いてくれ。鬼が2匹以上出てきたら、首領でない方の顔を引っ掻いてくれ。どの鬼が首領かは見た目で判断してくれ」
「わかりました!」
(鬼は鬼を全員討ち取れるような豪の者じゃない、俺一人じゃ鬼の首領の首を取れるかどうかがやっとだもんな。首領の首を取ってもこの鬼の集団が解体する訳じゃないんだが、弱体化はするだろうーー)
犬と雉と猿は鬼ノ城の南側に向かった。
(桃太郎が犬と雉と猿をお供に鬼退治って、無理じゃん)
やがて猿が戻ってきた。
「犬を城の中に入れてきました!」猿が言った。
「ご苦労さん」佑月が言った。
やがて城の中から騒ぎが聞こえてきた。
「よし、俺達も行くぞ」
佑月は鬼ノ城へ向かう丘を登った。
塀の下まで来て、ロープを巻いた石を投げる。
ロープを引っ張って、石が塀に引っ掛かっているのを確かめると佑月はロープを伝って塀を登っていった。
塀の中に入り、配置を見た。
(概ね予想通りだな)
犬と雉が騒いでいる喧騒が聞こえる。
「まだ騒ぎは収まらんのか!」
と声が聞こえた。
(ーーあっちだな)
「よし、猿、ついてこい」
佑月は小声で言って、音を立てないように走った。
音を立てないように走ったが、鬼は気づいた。
「何者だ!儂を温羅(うら)と知ってのことか!」
と鬼は叫んだ。
「今だ!猿!行け!」
猿が鬼の顔に飛びかかった。
「ぐわっ!」
鬼は慌てて、猿を払い除けようとした。
そこを佑月が腰の村雨を抜いて、鬼の胴を斬りつけた。
「ぐわあーっ!」
と鬼は断末魔をあげて倒れた。
「猿!こっちへこい!」
と佑月は、塀に向かって戻っていった。
(今のは鬼の首領だったろうな?もう一匹鬼を斬る気力なんかねえぞーー)
猿が佑月に追いついて、佑月がロープを塀にかけて登っていくと、剣戟の音が聞こえた。
(ーー剣戟の音?)
佑月が塀を登ると、建物から火の手が上がった。
(え?火?ーー)
剣戟の音のする方を見ると、一人の人物が鬼と戦っている。
(あれはーーえ?女の子?)
佑月の 目には、少女が鬼と戦っているように見えた。
少女は鬼を次々と倒していく。
やがて鬼は皆逃げ散り、城の中では動く者はいなくなった。
佑月は塀を降り、少女に近づいていった。
少女は佑月に気づくと、佑月に刀を向けて身構えた。
「待って!俺は人間です!」
佑月は少女に両手の手の平を向けて言った。
「ーーそなたは温羅を討った者ですな?」
少女は刀を鞘に収めて言い、佑月に近づいて両手を握った。
「え?ーー」
「実に見事でござる!それがしそなたが温羅を討つところを見ており申した。かなりの豪の者とお見受け致した」
(いや、あなたほどじゃありませんよ。あなたこそ桃太郎ですって)
「それがしは犬阪毛野胤智、こう見えておのこにござる」
(え?女の子じゃないの?)
面食らう佑月をよそに、毛野は話す。
「父の仇籠山逸東太を求めて旅をしており申したが、ここ鬼ノ城の鬼が里の者を苦しめておると聞き及び、ひとつ退治してやろうと思って、女田楽師に扮して城の中に入ったのでござる。鬼の首領の温羅を討ち取ってやろうと思っていたところ、そなたが温羅を討ってくれたので、それがしもたやすく鬼を退治でき申した。いやお手柄でござる」
(犬阪毛野、八犬士の一人か。通りで強い訳だ)
毛野と話している間に、犬と雉も集まってきた。
「じゃあ、俺が斬ったのはやっぱり鬼の首領だったのね」
「左様でござる。さあここはもうじき全ての棟に火がつくでござろう。長居は無用でござる」
毛野に言われて、佑月は周りを見渡した。
(ーーそうだ、火をつければもっと簡単だったんだ。首領だけでなくもっと多くの鬼を斬ることもできた。俺ってアホじゃん)
佑月は、毛野と共に鬼ノ城を出た。
佑月は今日泊めてもらった百姓の家に泊まるように提案し、毛野は了承した。
翌朝朝食のあと、
「それがし亡父の仇を討つために旅をしておる。これからもその旅を続ける故、これにて失礼したいと存ずる」
と言って佑月と別れた。
(ーー八犬士のことを話しそびれたな。まあいいか、俺は犬士じゃないし)
佑月は旅支度をして、百姓に礼を言って百姓家を出た。

その頃、海松は天竺への旅を続けていた。
「おい八戒、お前偵察に行ってこい」
と悟空が八戒に言った。
八戒は言われた通り偵察に行ったが、戻ってこない。
「ーー仕方ないから、八戒を探しながら先に進みましょう」
と悟空が言って、一行は旅を続けた。
しばらく行くと、前に旅人がいる。
旅人は歩こうとしているが、うまく歩けないらしい。
「どうしました?」海松が旅人に尋ねた。
「すみません、足を挫いてしまったようでーー」
と旅人は苦しそうに言った。
「わ!大変!」
海松はしばらく考えて、「お猿さん、おぶってあげて!」と言った。
「えー……」と悟空が難色を示したのは、旅人の本性が妖怪だとわかっていたからである。
「お猿さん!」
と海松が重ねて言った。
(この場でこの妖怪を打ち倒したら、またお師匠様は怒るんだろうな)
と思った悟空は、
「ーー孫行者と言ってくださいよ」
と言って、渋々旅人を背負った。
はたして悟空の読み通り、旅人の正体は平頂山蓮華洞を根城とする妖怪、金角・銀角兄弟の弟の銀角だった。
銀角は海松達一行が天竺に向かって取経の旅をしているのを知り、三蔵法師である海松の肉を食らおうと待ち構えていたのである。先に偵察に出ていた八戒も、金角・銀角の子分によって捕まっていた。
銀角はしめたものだと思い、口に呪文を唱え、須弥山を悟空の肩に載せた。
「うっ!」
悟空はあまりの重さに悲鳴を上げそうになったが、必死で堪え、ふらふらしながら歩いた。
悟空がもたついている間に、海松と沙悟浄は先に進んでいく。
(ほう、まだ耐えるか。ならこれならどうだ)
と銀角はまた呪文を唱え、須弥山の上に泰山と峨眉山を載せた。
さすがに悟空は動けなくなって、その場に倒れた。
その隙に、銀角は海松と沙悟浄をさらって蓮華洞に戻った。
「おお、三蔵を連れ去ってきたか、銀角でかした!」
と金角が出てきて言った。赤い顔の角と牙のある妖怪である。
金角が現れると、銀角も正体を現した。青い顔の、金角同様角と牙が生えている。
「ーーひっ!」
銀角の小脇に抱えられた海松は、銀角を見て悲鳴を挙げた。
上を見ると、捕まった八戒が天井からぶら下げられている。
「悟浄、お前も捕まったのか」と八戒は言った。
「何しろ天竺に向かう坊主の肉は最高にうまいというからな」と金角が満面の笑みで言った。
「え?わ、私の肉はまずいですよ!」と海松は言った。
「確かもう一匹、孫悟空という猿がいたはずだ。そいつはどうした?」金角が銀角に尋ねた。
「兄貴、奴は今須弥山と泰山と峨眉山の下さ」銀角は得意気に言った。
「殺してはいないんだな?」
「もう押し潰されて死んでるかもな。あんな奴殺すまでもねえ」
「それは違うぞ銀角、奴は昔自ら斉天大聖と名乗って天界を大いに荒らし回った奴だ。まだ生きておるかもしれんし、生きておる限り安心はできん。おいお前ら」
と金角は、手下二人を呼んだ。「お前ら紫金紅葫蘆と琥珀浄瓶を持っていって、悟空という猿を吸い取ってこい」
二人の手下は紫金紅葫蘆と琥珀浄瓶を持って洞を出ていった。
一方悟空は、3つの山に押し潰されながらも口の中で呪文を唱え、3つの山の山神を呼び出した。
「旦那、お呼びで」三人の山神が悟空に尋ねた。
「この山をどかしてくれ」
悟空が言うと、三人の山神はそれぞれの山をどかした。
「ふー、死ぬかと思った。おい、この3つの山を俺に載せた妖怪は何者だ?」悟空が尋ねると三人の山神は、
「はい、あの者は平頂山蓮華洞を根城にする銀角大王と申し、兄に金角大王がおります。元は太上老君(老子)の金炉と銀炉の番をしていた童子達で、太上老君の5つの法宝を持ち出して下界に下りて妖怪となった者達でございます」
と答えた。
「何、太上老君の?その5つの法宝とはどんなものだ?」
「はい、羊脂玉浄瓶、七星剣、芭蕉扇、紫金紅葫蘆、琥珀浄瓶の5つでございます。何でも紫金紅葫蘆と琥珀浄瓶は強力で、紫金紅葫蘆は瓢箪、琥珀浄瓶は瓶ですが、紫金紅葫蘆はその蓋を開けて相手の名前を呼んで、相手が返事をすると相手を瓢箪の中に吸い込んで溶かしてしまうことができます。琥珀浄瓶も紫金紅葫蘆と同じく、相手の名前を呼んで相手が返事をするとその瓶の中に吸い込んでしまうことができます」
「何?そいつは厄介だな」
悟空はしばらく考えて、雲に乗って天界に行き、また天界から戻ってくると、変化の術で仙人に化けた。
そこに、金角・銀角の手下がやってきた。

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