カノジョに浮気されて『八犬伝』かおとぎ話かわからない世界に飛ばされ、一方カノジョは『西遊記』の世界に飛ばされました②

「とりあえず馬に乗ってください」と悟空が言うと、
(えー?あたしお経取りに行く旅に行っちゃうの?)
海松はまごまごした。(だってここにいたら佑月に会えないし、学校にも行けないし。でもどうすれば戻れるの?)
「お師匠様、どうしたんですか?」
悟空が催促した。
(ーー学校に行ったって佑月は口聞いてくれないし、山下くんとは会いたくないし、考えてみると学校行きたくないし)
海松は無言で、馬に乗った。
悟空が馬の轡を取ってしばらく歩くと、山賊が数人現れた。
「おい!お前ら荷物を全部置いていけ!」と山賊達が言うと、
「お前らこそ奪った財宝を全部出せ!」
と悟空は言って、如意棒で山賊達を全員叩きのめしてしまった。
「ーーお猿さん、君って乱暴!」
海松はそう言って怒った。
「お師匠様何言ってんですか、やらなきゃやられちまうところだったんですぜ?」
悟空がふてくされて抗議した。
「それはそうだけど…」と海松は口ごもる。
「なんですか!お師匠様がそんなんだったら弟子なんか辞めてやりますよ」
と言って悟空は、觔斗雲に乗ってどこかに行ってしまった。
「ーーこの状況であたしを置いてく?」
と海松は言ったが、答える者もない。
(どうしようーーとにかく人のいるところに行かないと)
「お馬さん、行って」
と海松は馬に声をかけた。
手綱をなんとか引いたり馬の首を叩いたりして、馬がようやく動き出す。
(並足、並足…)
と、海松は自分に言い聞かせた。
しばらくすると、前から老婆がやってきた。
「これはお坊様、どちらへ行かれます」と、老婆は海松に尋ねた。
「なんかお経を取りに行く旅にーーあたしは別に行きたくないんだけど」海松が答えた。
「それは大変な旅ですねえ、お一人でですか?」
「いえ、さっきまでお猿さんが一緒に居たんですけど、どっか行っちゃいました」
「一人ではとても天竺まではいけませんね。そのお弟子さんが戻ってきたら、この帽子を被せてあげるといいでしょう」
と言って帽子を渡した。「この帽子をお弟子さんの頭に嵌めてお経を唱えれば、お弟子さんの不行状も直るでしょう」
そう言って、老婆は消えた。
海松が馬に乗ってなおしばらく行くと、悟空が觔斗雲に乗って戻ってきた。
「お師匠様、ふるさとの花果山に戻ってたんですが、そこで仲間の猿に『修行するならそんなすぐ辞めてきちゃダメだ』と言われて戻ってきました。もう一度俺に旅のお供をさせてください」
と悟空が言うので、
「うん、いいよお猿さん」と海松は答えた。
「ですから孫行者と呼んでくださいよ」
悟空はそう言って再び馬の轡を取った。
「それじゃお猿さん、これ」
と言って、海松は悟空に帽子を渡した。
「なんですか?仲直りのしるしですか?ありがたくもらっておきます」
と悟空は喜んで帽子を被った。
(でお経ってあれ?お経ってどんなんだっけ?)
海松はお経など知らない。
(ーーえーといいや!)
「ーーお猿さんダメ!」
と海松が言うと、
「いて!いててて!」と悟空が頭を抱えて苦しみ始めた。
(ーーこんなんでいいの?)
「ーーえーと南無阿弥陀仏、南無妙法蓮華経!」
と言うと、悟空はさらに苦しみ、帽子の布を掻きむしって破ってしまった。
「摩訶般若波羅蜜、色即是空、空即是色!臨兵闘者皆陣烈在前!」
と海松は、覚えている限りの仏教の言葉を並べ立てたに
「ーー参りました。お師匠様、これからはちゃんと言うこと聞きますから」
と悟空はすっかり弱りきって言った。
(ヘヘ、どーだ参ったかお猿さん)
と海松は気分が良くなって思った。

それからすぐに、猪八戒と沙悟浄が仲間になった。
(わー、なんというわかりやすい展開)
と海松は旅をしながら思った。
(あたし本当に天竺とかってところに行っちゃうの?本当は帰りたいんだけどでもどうやったら戻れるの?)
そんな海松の不安とは裏腹に、旅は順調に進んでいく。
(でもこの子達)
と、海松は悟空、八戒、沙悟浄を見て思った。(この子達あたしの世話をきっちりしてくれるし、結構気分いいんだよね。ここには佑月も山下くんもいないし)

(ーーなんとなくわかってきた。あの茨木童子ってのを倒さなきゃダメなんだ)
と佑月は歩きながら思った。
山の中に迷い込んで3日目になる。
その間、どの方向に行っても結局同じ道に辿り着き、酒呑童子が出てきて斬られ、茨木童子は腕を斬られながらも逃げおおせた。
(つまり、これはゲームでいうチュートリアルだ。俺があの茨木童子ってのをちゃんと斬ることで、俺に戦い方を教えようとしてるんだ。それができるまでの間、俺が山の中を彷徨っても死なないようにできている、しかしーー)
佑月は、思わず座り込んだ。
(ーー腹減って動けねえよ!なんだよ1日に魚一匹しか獲れねえっての゙は!)
先に鮒を獲った小川では、1日に一匹、手掴みでも魚が取れる。しかしどんなに頑張っても、一匹より多くは魚が獲れないのである。
(俺はまだ10代だぞ!10代の食欲舐めんな!こんなヘロヘロで鬼を斬れる訳ねえだろうが!ーーあー帰りたい飯食いたいゲームやりたい)
佑月はその場に寝転んだ。
(あーやってらんねえ)
佑月はそのまま不貞腐れた。風が汗ばんだ頬を撫でる。
(ーーそもそもあの茨木童子ってのを斬って本当にここを抜け出せるのかも疑問だ。そもそも俺はなんでここに来た?茨木童子を斬ってここを抜け出せたとして、どうやったら元の世界に帰れる?誰が何の意図で俺をこんなとこに連れてきたんだ?)
しばらく寝ころんでいると、胸の内にむくむくと吹き出してくるものを感じた。
(ーーやってやる。いくら鬼の動きが素早くったって)
佑月はむくっと起き上がった。
やがてまた見覚えのある風景に出て、前から叫び声が聞こえ、鬼が出てきて斬られ、もう一匹鬼が出てきて腕を斬られた。
(ーーいくぞ村雨!)
佑月は腰の刀を抜いた。村雨が水気を発して怪しく光る。
鬼が佑月に向かって、残った一本化腕を振り上げた。
(嘘!反撃してくんのかよ!)
佑月は慌てて左に避けて、鬼の攻撃を回避した。
左側は崖だった。佑月は崖から転がり落ちた。
「いててて…」
佑月は痛みでしばらく動けず、やっと起き上がると、側に小川があるのに気づいた。
小川に足を踏み入れ、手を入れる。佑月は鮎を手でつかんだ。
焚き火の用意をして、鮎を小枝に刺して火で炙る。
鮎が焼けて、佑月は鮎を食った。
「ーー!」
佑月の目から、大粒の涙が溢れ落ちた。
(俺、ずっとこんなんなんかなあーー)
鮎を食い終わった。少しも腹が膨れない。
(ーーなんか食えるもんないのか!草でもいい)
と思って雑草を漁ってみたが、佑月には穀物の知識がない。
(もしトリカブトとかだったら?トリカブトでなくても毒性のある植物はあるしーー)
そう思うと、雑草を口にできない。
(そうだ!あの鬼退治にきた侍達に食い物を恵んでもらおう!)
そう思って佑月は立ち上がり、何度も来た道に出た。
また前から鬼が、人が出てきた。
「おーい助けてくれー!」
佑月は叫んだが、
「貴様も鬼の仲間か!」
と言って、一人の武士が佑月に向かって刀を振り上げてきた。
(ーーえ?)
佑月はまた逃げ出した。
武士は追ってきたが、しばらく佑月を追うと諦めて戻っていった。
(ーーなんだよ人間まで。俺はお前らの仲間だぞ?そもそもお前らが守るべき存在だぞ?)
佑月は止まった。
(もう一歩も歩けないーー)
佑月は草むらに大の字に寝転んだ。(俺はこのまま死ぬのか?)
そのまま佑月は眠ってしまい、目が覚めると歩き出した。
(ーーもういい)
佑月は思った。(鬼に殺されるなら、もう人生そこで終わりでいいだろう?俺は死んだ、俺は死んだ…)
また鬼が出てくる道と出て、酒呑童子が斬られ、茨木童子が出てくる。
佑月は村雨ヺ抜き、茨木童子に突っ込んでいった。
(身体が軽くなったみたいだ)
そう思いながら、佑月は茨木童子の胴を真っ二つにした。
(ーーへ?)
初めて生き物を斬った感触が手に伝わり、佑月は自分が鬼を斬ったことが信じられなかった。
鬼は倒れた。佑月は鬼の傍らで立ち尽くしていた。
「ーーおい、お主か?茨木童子を斬ったの゙は」
と、一人の武士が佑月に話しかけてきた。
「ーーへ?」
と、佑月はまだぼんやりしている。
「儂は渡辺綱という者じゃ。お主よくこの鬼を斬ってくれた。この鬼を取り逃しては源家の家名に傷がつくところだった」
という武士の話を、佑月はほとんど聞いていなかった。
(ーーこれ、ひょっとして飯食わせてもらえんじゃね?)
と思うと、足の力が抜けたのか、膝がガクッと折れた。
「え?ーーわ!」
と言って、佑月は谷ヘと落ちていった。
「いててて…」
と言って佑月が起き上がると、
「めしーっ!!」
と佑月は叫んだ。
「もし」
と、近くに庵があって、そこから女性が顔を出した。
(ーー尼さん?)佑月は女性を見て思った。
「そこのお人、崖から落ちて来られましたのか?お怪我はございませんか?」
「大丈夫です、怪我はありません。それよりすいませんが食い物はありませんか」
「残りもので良ければ」
佑月は庵入り、飯を食わせてもらった。
「私は八百比丘尼と申します」
と、その尼僧は言った。「かつて人魚の肉を食したため、齢を取らない体となりました。かれこれ2000年生きております」

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