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今夜、鹿を食べる

先日、貴重な体験をしてきました。
それは鹿の屠殺の見学です。

罠にかかった鹿


きっかけは、とある地域のプロジェクトの打ち合わせに行った時のこと。
そこは市街地から20分ほどの場所で、交通の便がいい割に自然が近くにあるのが魅力です。

打ち合わせが終わった後、一緒にプロジェクトをおこなっている地域の方(Aさんとします)から、
「鹿が罠にかかったから、見る?」
とのお誘いがありました。

以前から鹿や猪がいることを聞いていたし、
実際に遠くから鹿がいるのをこの地域で見たことがあったので
これはまたとないチャンス!と思い
同行させていただきました。

鹿がいたのは、ダムの周りを走る道路のすぐわき。
山の斜面になっているところだったので、道路から見上げると鹿の背中が見えました。

このあとどうするんですか?と尋ねると
「午後から解体する」とのこと。

ということは、屠殺をするんだ…!
うっすらとイメージはあっても、全く未知の世界。
知りたいという好奇心は、ためらいもなく
ぜひ見学させてほしい、という言葉になっていました。

いいよ、という二つ返事のあとに
「でもかわいそうって言わないでね。」
と念押し。
そこは大丈夫です、と言いながら
ここまで"鹿がかわいそう"とは少しも思っていませんでした。



▼----ここから先、屠殺の表現が含まれます。写真はありませんがイラストもあります。苦手な方は読むのをお控えください。----▼



屠殺をするということ


一度解散して、ホームセンターで軍手を買い、手早くランチを食べて現地に戻りました。

Aさんは蛍光色のベストを着ていました。
そして軽トラックの荷台には長い木の棒と、同じ長さくらいの棒に刃がついた槍。

イメージしていたものではあったけど、
"叩くもの"と"刺すもの"としてのリアリティさがグッと増します。

先程買った軍手で木や根っこを掴みながら、急な斜面をのぼって鹿に近づいていきます。
茂みをかき分ける音と人間の足音に、鹿は山の方へ逃げようと暴れます。

「思っていたより大きい」とAさん。
2歳から3歳くらいのオスと見受けられたようです。

その鹿がかかった罠はくくり罠でした。
左の前足がワイヤーのくくり罠にかかり、逃げたくても前足が離れません。
3メートル程の地点で「そこにいて」との指示があり、その時を待ちました。

事前に撮影許可はいただいていたので、
斜面で水平を保てるように、近くの木を足場にして動画を撮影し始めました。


徐々に近づいていったAさんは、
動き回る鹿の眉間へ何度か棒を振り下ろします。
鹿が足を滑らせ、横になったタイミングで、
頸動脈に狙いを定め槍を刺しました。

瞬間、暴れのたうちまわる鹿でしたが、
数秒後には大人しく立ちすくみます。
後ろ足が痙攣しながらも立ち続け、まるで悟ったように遠くを仰いだり、こちらの方へ視線を向けるのです。


あ、目が合ったなと思った瞬間、
「ごめん」
と思いました。わたしは助けてやれない。
しばらくしてガクッと足が折れ倒れた鹿。
安堵の雰囲気が流れ、Aさんは罠をほどく準備を始めました。

ところが、
鹿は立ち上がり、なおもまた逃げようとするのです。
これで死ぬのか、と思っていたところに先程のように動く鹿。

ああ、抗っている。
生きようとしているんだ。

この時は気付かなかったのですが、
動画を見返していたら
鹿はすぐ近くの細い木に、まるで傷口をおさえるように寄りかかっていたのです。

とっさの判断か、本能的にそうしたのか…
風にのって微かに血の匂いが漂います。
それだけ出血しているにも関わらず、抗う。

その後、何度か抵抗を続ける鹿。
Aさんはもう一方の頸動脈に槍を入れ、
攻防の末、少しずつ、動きが小さくなった鹿は遂に絶命しました。

最初の一撃から20分ほど経ってのことでした。

あっという間のようで、永遠のような時間。

木々のざわめき、
風の音、
抵抗する時の落ち葉をかき回す音、
差し込む木漏れ日、
いっぱいに開いた蹄。
腹のまぶしいほどの白い毛。
ゆっくりもたげる首。
虚な目。

まるで一本の映画を観たような情報量でした。

「残酷なところを見せてしまったね」
と申し訳なさそうに言うAさんに、いえいえと返しながら、先程までの情報を頭で整理するのでいっぱいでした。

一発で仕留められなかったがゆえに
恐らく苦しんだであろう鹿。
でもその時のわたしは
苦しんでかわいそうだった、という気持ちより
たくましい鹿だった、強い鹿だった
と感動していました。

野生で生きる動物の命が
こんなにも美しく輝いて見えるのか…
生あっての死、
死あっての生。
鹿は全力でその姿を見せてくれました。



🦌



その後、狩猟チームの別の方(Bさん)が到着。
道路までAさんが鹿を滑らせながら降りていきます。
その間わたしは別ルートで降り、道路へ戻りました。

「この前の鹿より大きかね」
「なかなかしぶとかったよ」
「角がとれとるね」
「近くに落ちてるかも」
と、お二人が話している中
わたしは荷台に積まれた鹿を覗きこみました。

ついさっきまで黒くつぶらな瞳だったのに
ビー玉のような無機質な目になっています。
硬直もしていなくて、体が柔らかく動くのに自ら動き出すことはない。
完全な死。
それは不思議な感覚でした。

その後場所を変えて体長の測定。
体長は100センチ、体重は推定30キロでした。
体長体重のほか捕獲した場所などを用紙に記入するAさん。
鹿の毛皮に通し番号を白スプレーで記入します。
用紙と捕獲した鹿、Aさんを写真で撮影し、
これを長崎市に報告するのだそうです。

そして肉になる


いよいよ鹿を解体します。
向かった先は、ベテランの猟師さんがいる山の中です。

途中湧き水を汲み、さらに奥へ進みます。
道は整備されているものの、フェンスもなく細いカーブなどヒヤリとする場面もしばしば。
「ポツンと一軒家にありそうやろう」
とたじろぐわたしにAさんが声をかけてくれます。
Bさんはバイクで先を行きます。

着いたのはトタン小屋がある脇道。
ここに車を停め、AさんとBさんが鹿を降ろします。
迷彩柄の上着を着たベテランの猟師さん(Cさん)ともう一人のご年配の方(Dさん)と合流しました。

今日は見学の人がいます、とAさんが紹介してくれました。
挨拶もそこそこに、猟師さんたちはサクサクと作業に入ります。
Dさんが鹿の下顎にフックを刺し、
Cさんが道の横に立つ木に這わせたロープを引き上げます。

頭から宙吊りになった鹿。
CさんとAさんが前足の関節下を切り出します。
そしてCさんが正中線に切り込みを入れ、
まるで服を脱がすように皮を剥がします。

この鹿はすでに夏毛に生え変わっていたようで、皮を鞣したりするには冬毛の方が適しているとCさんが教えてくれました。

皮を剥いだ鹿の胴体は、見覚えのある姿でした。
映画やドラマなどで出てくる、吊るされた肉の塊。
完全に食肉が目的の物体。
頭と足はついているけど、昨日まで山を駆けていた動物とは思えないのです。

生々しかったのは、Aさんが捕獲する時に与えた初めの一撃、その傷口からの出血が内部にまでわたっていたことです。
刺した箇所に少しズレがあったようで、
Cさんが「ここさ、ここ」とナイフで正しい箇所を指します。

「スーッて入るやろ」
とそこにナイフを刺し入れて示しますが、素人目には違いがわかりません。
これも経験、という旨のことを言っていたCさん。
動物たちも個体差がある中で、急所を見抜くのはやっぱりベテランの技なんですね。

いろんな話をしながらも、さらに作業は続きます。
前足を切り、次に後ろ足を切り離します。
モモ肉は、途中で汲んだ湧き水を入れたバケツに入れられます。
洗うため、と思っていたら鹿の残った体温を冷やすための意味もあるそうで、なるほど納得。
夏場は氷が必要になることもあるそう。
この日は風が強く曇天で、気温は低い日でした。
高温となると、それはそれで大変なんだろうな。

後ろのモモ肉を切り離す前に、前足同様関節下を切るのですが、この切り方にもコツがあるようで。
腱を残しておくことで、そこに指を入れてしっかり握れるため、モモ肉をはずすときに落としてしまう心配がなくなるんだそうです。

たしかに見ていると後ろ足のモモはしっかり肉がついていて結構重そう。
落とせば下は地面。慎重に作業する様子が伺えます。

足がなくなり肉の塊感が増しました。
続いてロースを取り出します。
そして内臓。
中身を全部取り出したからあばらの内側がポッカリあいています。

背骨とあばらを取り外すため、
背骨を近くの木の幹に当て、反対方向へ3人がかりで押します。
翼のように広げられたあばら。
それをおさえながらCさんが腰の内側あたりから肉を切り出します。

これがランプ。
おお、ランプステーキのランプ!
平面図でしか知らなかった肉の部位が、3Dでピタッと重なりました。
これは実際に見ないとわからないな…と思いながら作業を見つめていました。

そして背骨とあばらを切り離し、
下顎のフックをはずしてタンを取ります。
背骨と頭を切り離して終了。
約1時間の作業でした。

家に鹿がいる


ありがたいことに肉を分けてもらいました。
いただいたのはロースとランプ。
体長があったので、ロースはなかなかの重量感です。
肉を袋に入れて、トラックに乗せ、皆さんにお礼を伝え、Aさんと山を降りました。

帰り道で、Aさんは
鹿や猪を捕獲しても食べなければ処分になる、
それなら自分は食べてやりたいんだ
と話していました。

その言葉が身にしみたのは、あの懸命に生きた鹿の姿を見たからでしょう。
わたしの中にはすでに「美味しく食べてやるからな」という気持ちでいっぱいでした。

その後バス停でAさんと別れ、バスに揺られながら鹿の肉の重さを感じていました。
数時間前まで生きていた鹿が、今肉となって膝の上にいる。
今まで食べていたお肉と動物はリンクしているという、当たり前のことを忘れていた自分を恥じました。
「大事に食べるからな」

まっすぐ帰宅し、まず教わった血抜きをおこないました。
長いロースは三等分にして、やや濃いめの塩水につけておく。
Aさんからは一晩と教わりましたが、Bさんは二晩くらいがいいよ、とのことだったので後者を採用。

表面の白い筋は取る、とのことだったのでいざ!と包丁を入れるも切れ味悪く…
ちゃんと研ぐなりメンテナンスをすべきだった、と後悔しながらギリギリと筋を取ります。

削った肉はなんとも美しい、濃い赤色。
そしてやわらかい。
肉の見方が変わった瞬間でした。

食べるまでの2日間は、
「家に鹿がいるんだ」
という気持ちでした。
まるで鹿が同居人であるような感覚で、いつもよりちょっと早く帰宅して、水を替えたり筋を取りました。

その間どう食べるのが最適かも調べました。
食中毒などを防ぐために低温調理がよいという情報をゲットし、
かつ熱を入れると固くなるため、あらかじめ牛乳につけてやわらかくする手法も知りました。

よし、鹿肉のローストでいこう!

ついでにカレーも作ろう!

ということで鹿肉のレシピが決まったので
カレールーを恋人に頼み、
わたしはご近所のワインショップへ。

お店に着くなり「鹿肉に合うワインはありますか!」と尋ね、お店の人をちょっとびっくりさせてしまいました…笑
鹿肉に限らず赤身のお肉で、かつ塩胡椒で味付けならこのあたりはどうでしょう?
と、伝えた予算におさまるワインを何本か見せてもらいました。

チリのワインとフランスのワインでしばらく迷いましたが、合わせるのが"ジビエ"ということでフランスのワインに決定。
ローヌ地方の「クローズ エルミタージュ」というワインです。

今夜、鹿を食べる

二晩しっかり血抜きし、なおかつ牛乳にも一晩つけた鹿肉をいよいよ調理する日。

もう頭は鹿のことでいっぱいです。
筋取りをしているときに恋人が帰宅しましたが、わたしは恋人そっちのけで鹿と向き合っていました。

そしてカレールーを恋人が持ってくるのを忘れたため、メニューはカレーからシチューに変更。
同時進行で調理をはじめます。

今回使うのはロース肉。
(ランプと残りのロースは冷凍庫へ)

肉にしょうがチューブと粗めの塩胡椒を塗り込みます。
そしてフライパンで表面を焼き、焼き目がついたらジップロックへ。
(ジップロックごと水につけると真空にできる、というのを初めてやりました。めっちゃ便利)

そして沸騰してしばらく冷ませたお湯にジップロックを投入。
ここから30分放置。
保温性の高い土鍋や炊飯器に入れる、という記事を見たのですが、今回はフランスにこだわっているのでル・クルーゼに入れてみました。

待ってる間に、シチュー用にやや薄切りにしたロース肉を焼きます。
ネットでかなりアクが出る、とありましたがまさにその通りで、焼いている肉のまわりにどんどんアクが出てきました。
肉焼き担当の恋人が、アクをキッチンペーパーでこまめに取り除きます(ここで取っていたおかげでシチューのときのアク取りはほぼ不要でした)。

両面焼けたら一度取り出し、野菜を炒めもう一度肉を投入。水を入れコトコト煮ます。
あとはシチューを作る要領で。

そうこうしているとローストも仕上がる時間。
付け合わせのベビーリーフとラディッシュを皿に盛り、切ったローストを並べます。
やや火を通しすぎたかも、という焼け具合でしたが、味見した一切れがほっぺがこぼれ落ちるほどの美味しさだったのでもう間違いない。
これはすぐに食べたい!

シチュー作りは一時中断し、ローストとワインを持って、景色がよく見える洋間へ。


鹿肉!
ワイン!
そして夜景!!

ここは一体どこのレストラン?と二人で興奮しながらいよいよ実食。

………。
一口噛んだときの驚くほどのやわらかさ、
しみ出る旨み、牛や豚とも違う風味……

うまい!!!

そしてワイン。
さわやかな香りはローヌに吹く風…
(ここで恋人から「風?」とつっこみ)
ピンクペッパーのようなスパイシーさがあり、
ああ、鹿に合う〜〜

食べ進めるのがもったいないくらい、
美味しくて、止まらない。
会話も弾んで楽しい食卓。

鹿、ありがとう。
美味しく食べたよ。
いただきます、からごちそうさま、まで
大切に鹿を味わい尽くしました。



🦌



ここからは余談です。
そもそも屠殺を見たかったのは、未知なる世界への好奇心もあったのですが、
今どハマりしている漫画「ゴールデンカムイ」の影響も大きいです。

明治の北海道・樺太を舞台に繰り広げられる金塊争奪戦のお話ですが、狩猟のシーンや野生動物を食すシーンが数多くあり、強い関心がありました。
もちろん鹿も登場します。

仕留めそこなった手負いの鹿を追うも、懸命に生きる姿に怯んだ主人公が鹿を撃てなかったところを相棒のアイヌの少女から一喝される…
というシーンがあります。

素早く腹部に切り込みを入れた少女は主人公に手を入れろ、と言います。

そして鹿肉を食べるシーンでは肉を残そうとする主人公へさらに一喝。


これを初めて読んだ時、
はぁ、そんなものなのかと雑に処理していましたが、今となってはこの言葉がしみる。
アイヌが獲ったものをカムイの国へ送る儀式をすることもこの漫画で知りましたが、
生きていくために獲る、食べるという生活を生き物(カムイ)たちへの感謝とともにおこなっていた、というのが今までより実感を伴って理解できたように思います。

スーパーに行けば精肉された肉が買えて、狩猟なんてしなくても生きていける時代。
お肉を食べるたびにその動物のことを思う、というのはなかなか難しいことでしょう。

だからわたしたちには
いただきます と ごちそうさま
という言葉があります。
ご飯を食べる時、食べ終わる時に感謝をする、
そして今日も命を繋いで生きていく。


いただきます。

ごちそうさま。

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