家族のこと『父母』(noteでおしゃべり):93/100
父と母に思うことを別々にnoteで書こうと思ったが、
自然と一緒に書きたいと思った。
僕にとっては、両親ということなのだと思う。
父親も、母親も、それぞれ個人だし、ひとりの人なのだけど、息子の僕にとっては、いつまでも両親という感覚なのだと改めて思った。
僕は、大人になるまで、それこそ30代になるまで、親のことがあまり好きではなかった。
好きではないと思っていたのだ。
けど、今思えば、ただの反抗期だったのかもしれない。
反抗期というより、ただスネていただけかもしれない。
もっと、愛してー!と訴えるために、無言の抵抗をしていたのだと思う。
けど、今振り返ると、父も母も、たくさん愛してくれていたのだ。
なに不自由なく暮らすことができていた僕がいたのだ。
この不自由なく暮らすというのは、とても大変なことだ。
今、親になって思う。
僕たち夫婦には娘一人だけど、これが3人だと思うと想像ができない。
両親とも仕事もして、休みの日は田んぼや畑をしてと、忙しくしながらも、
学校行事、部活、旅行、スキー、いろんな経験をさせてもらっていた。
僕は、浪人して、東京の大学に行ってと、弟や妹より仕送りも大変だったと思う。
僕は、愛されていない!と拗ねていたけど、実はめっちゃ愛されていたと、今なら思うのだ。
子育てしていて、余裕がなくなって、愚痴をいうのも、喧嘩するのも、普通なことだ。
喧嘩している両親を見て、喧嘩なんかしないでほしい!と思っていたけれど、喧嘩できる関係性はすごいことだと思う。
僕たち夫婦は、感情のぶつかり合いをまだ避けている感じがしている。
もちろん、喧嘩をして感情的になっているのを、周りが受けることはしんどいこともある。僕が子どもの頃にしんどいと感じていたことも事実だ。
しんどいこともあるけど、楽しいことや愛もたくさん与えてもらっていたのだ。
しんどいことだけを、選択的に記憶して、よかったことを忘れたり、ないことにしたりしようとしていたと思う。
僕が、20代の頃、自分を変えたくて、親を変えたくて、いろんなものに手を出して騙されそうになっていたときも、両親は僕のことを信じてくれていた。
否定せずに、信じてくれていたのだ。
僕は、それに気づくことができていなかったのだ。
いつも信じてくれていて、ありがとう。
二人に信じてもらえていたから、いま僕はどんどん自由に生きていけるようになっている。
いつまでも、父母は、僕にとっての親だ。
良いことも悪いことも経験させてもらった。
二人がいたから、今の僕がある。
父からは、好きなことに夢中になる部分を学んだし
母からは、諦めない姿勢を学んだ。
今の僕は、自然と、二人の親にものすごく似ていると思う。
離れていても、歳をとっても、やっぱり親は親で、子どもは子どもなのかもしれない。
そんなことを思ったよ。
父と母との思い出を書こうと思ったが、僕が両親に思っていることを書きたくなって、書いちゃいました。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ではまたー
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