「待望の文庫化」の待ち人について
単行本が文庫になるとき、「待望の文庫化!」という文字が書店ではよく踊っている。
いやあ、実に便利な言葉で、私もよくお世話になった。というか、たいして考えもせず無意識に使っていた。きっと文庫化はみんな待望されているのだと、なんの根拠もなくただぼんやりと思っていた。
「待望の文庫化」は誰が待望しているのか、という問いについては、武田砂鉄も『紋切型社会』の中で触れていたけれど、その「待望」の先にいるのは一体誰なのか。ごはんが炊けるまで暇なので考えてみる。
ちなみにうちの本棚に入っている新明解によると、「待望」の意味はこうだ。
【待望】それが実現(出現)する日を待ちこがれること。
ふふん、なるほど。まあ、そうだよね、その通り。
じゃあ、文庫化を待ち焦がれているのは誰なのか。
「待望の」とつくのはだいたいが単行本で話題になった本だ。人気作家の小説とか、ベストセラーとかがそう。だからまずはその作家のファン。
単行本も買ったけど、文庫もほしい。だって表紙のデザインも違うし文庫あとがきがあるかもしれないし、なにより解説があるじゃない。誰かなあ解説、楽しみー。ということでコレクター気質のファンは待望しているはず。私も文庫は解説から読んでいたことがあるので、解説目当てで買う気持ちはわかる。
次は単行本では買えなかったけれど、文庫なら買えるよ層。
たしかに単行本は装丁もこだわっているし、文字も大きくて読みやすいし、スペシャル感満載なのだけれど、如何せん値段が…本棚の場所が…持ち歩くには…。とつい小声でうつむきがちになってしまうような弱点もある。その点文庫は各方面のお悩みにニコニコと近寄ってするりと解決してくれる。「さあ、ぼくのかおを食べなよ」で元気百倍じゃないけれど、文庫のお手頃感はある意味無敵。しかも、大体の文庫化が単行本が出てから2~3年サイクルなのに、最近はだんだんとそのサイクルも早くなりつつある。忘れられないうちに、ということなんだろうけれど、おかげで文庫の無敵感はさらにパワーアップ。ちょっと待てば文庫でね派は「待ってました!」となるはずだ。
あとは出版社の人たち。毎月の文庫の出版点数は、大手だとかなりの数になったりするわけだけれども、目玉商品はいくつか必要なわけで。たぶん毎月どれかには「待望の文庫化!」という文句の入った帯が巻かれているはずだ。そうなると、「そろそろかな、そろそろ文庫化してもいいかなー」と狙われている単行本もたくさんあり、企画が通ると「よっしゃあっ!」となるのかもしれない。これは想像だけど。
そしてやっぱり書店員。目玉商品がほしいのは書店側も同じ。刊行予定が出ると、「わあー、これも文庫になるのね。よっしゃ派手にやるぜ、むふふ」となるわけだ。単行本で人気だった本はある程度の売り上げが見込めるし、ときには大化けする作品もあったりしてなかなか盛り上がる。そして文庫売場だけでなくお店全体の活気にもつながる、というわけだ。
最後に著者。加筆修正もできるし、印税も入るし、また読者も増える。これは待っているかも。
なんだ、結構みんな待ってるじゃないか。
でも使われすぎていまいち伝わってこないんだよなー。なんかもっと具体的にしてバリエーション出した方がいいのかな。
「著者待望の文庫化!」素直さがいい。ちょっと買ってあげたい。
「未読のみんなが待ってた!待望の文庫化」やっと読めるね。よかった。
「ファン待望の文庫化!」定番だけど、やっぱり安心するな。
「世界(日本中)が待ち望んだ文庫化」かっこいいけどスケールが非現実。
「売場を盛り上げて!書店員待望の文庫化」待望というより切望かも知れない。
まあ、なんでもいいか。みんな待ってるんだし。おしまい。
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