もう夢と金のはなしは引き受けない

書店員の給料は安い。出版業界の人ならよく知っているかもしれないが、そうでない人でさえ、少し調べれば「これは…」と思うような求人情報が山ほど出てくる。

1円単位まで最低賃金ぴったりの書店、交通費が支給されない書店、残業代が一切出ない書店、昇給が見込めない書店。

店や会社によって違いはあれど、どれにも該当しないですよ、ウチは本しか売らないけど残業代も交通費も出るし、そもそも初任給が高いしがんばればお給料もジャンジャン上がります!20代でマンション買ってる人もいるよ!って書店はないんじゃないだろうか。むしろそういう店を見つけたら「なんかあやしい」と疑っていい。そのくらい、書店員の給料は安い。

でもそこで勘違いしてはいけないのが、別に店長や幹部社員が甘い蜜を吸いまくってるとか、毎月のように高級車を買いまくってるとかそういうことではない。本を売ることで得られる利益がそもそも少ないのだ。

少ないお給料の中から、家賃、光熱費、食費、通信費、交際費を払って…あれ?ほとんど残らない!こりゃあかん!という自転車操業の一人暮らし状態がお店単位で起きているのだ。だからこそ皆、売り方を工夫したり、有料のイベントで収益をあげたり、利益率の高い雑貨や文具を置いたりカフェを併設したりなど様々な試行錯誤をして、どうにかこの書店砂漠を生き抜いている。でも誰もがそんな我武者羅になれるわけではないし、人を巻き込んだり大きな決断ができる人ばかりではない。そもそも書店員にお祭り大好き!ナイトプール最&高!人脈人脈!みたいな人は少なく、むしろ希有な人種と言っていい。そういう人はぜひ駆逐しないで保護したい。

よってニュースやネットで話題になっているように書店はつぶれていく。だって電子書籍便利だもんね、知ってる。スマホがあるから出先でも手持ちぶさたになることはないし、ってか紙の本かさばっちゃってね、家でも外でも。だから読まないし買わないの。わかる。否定する気はない。本は日用品だといっている書店員さんもいるが、俄然娯楽の色は強い。

ただ、別に書店の未来を嘆きたいわけじゃなくて、今回は夢と金の話がしたいのだ。「書店のあり方」なんかはもう私じゃ手に負えないし、虚しくなるような話をわざわざしたいとは思わない。

私は四年制の大学を出て、まず服屋に就職した。そこを辞めて派遣のバイトをしながら大学院で勉強した。それから本屋で働いた。家の都合でそれも続けられなくなって、今は事務の仕事をしている。大学を出てから本屋を辞めるまでの間、収入はいたって低空飛行だった(ついでに言えば今もだが)。そして時々人からからこう言われた。

「いいじゃない、好きなことやれてるんだから」

仕事関係の人から。久しぶりに会った友人から。たまたま飲み屋で隣になった人から。同年代もいたし年上の人もいたと思う。言われた瞬間に「お前とは金輪際赤の他人だ」と心の扉を閉ざしたので男女の比率は覚えていない。

当時は、一瞬「あれっ?」と違和感を感じつつも、微かなコミュ力を絞り出し、適当な愛想笑いを浮かべながら「そうですかねー」と言い、家に帰ってから歯を食いしばって枕に頭突きをかました。

こっちはお前をうっとりさせるために貧乏してるんじゃない。お金のこともやりたいことも、いろんなことが上手くいかないだけだ。傍目には自由を謳歌してる若者に見えるかもしれないが、若いってだけで適当でも楽しめた時代はもう終わったんだ。税金も家賃も物価も全部上がってるし未来への不安は増すばかりだ。女の子は結婚すれば一生安泰、男の子は定職につけば死ぬまで健康で文化的な生活がゲットできる。そんな時代はとっくのとうに終わったのではなかったか。

増えない貯金、将来への不安、実家からの「結婚しないの?」電話、そういう精神的な圧をどうにか攻略しながら日々生きているのだ。本当はもっと上手く立ち回りたいのに、それが出来る人と出来ない人がいて、私は100%後者の人間だ。割り切って生きていけないことも含めて150%後者だ。

なるべく愚痴や弱音は吐かないようにと踏ん張っていても、それでもぽろりと口から出てしまうことはある。そんな時は、苦労する若者を想像して悦に浸るんじゃなくて、「私はそっち側じゃなくてよかった」と鼻で笑うんじゃなくて、不本意でいいから「くれぐれもお身体大事になされよ」とひとこと言ってくれればそれでいい。

絶対につぶれない会社がないのと同じように、どんな環境でも絶対に心や身体が壊れない人間なんていない。このご時世、誰がいつどうなってもおかしくないのだから、人のあがきを酒の肴にするよりも「今日も地球があってよかったね」くらいの大らかな気持ちで乾杯したいと思うのだ。

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