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【義理の父のこと】

15歳をめどに、最寄り駅が、阪急沿線・塚口から、JR山陽本線・大久保になりました
駅に行けばすぐ来ていた電車が、時刻表を見てから、電車の来る時間に合わせて出かけないと、駅で30分待たないといけない・・・これが一番の衝撃でした

通学路の両端には田畑が広がり、学校の裏には貯水池もありました
学校までの距離が、ぎりぎり徒歩圏内だったため、通学に約30分かかりました
辛いことがあったりすると、その距離を一人で帰るのが寂しかったのをうっすらと覚えています

そして、父となった人は、先妻を早くに亡くし、三人の息子たちはみな成人し、寂しさからお酒とパチンコに明け暮れていたようなのですが、そのパチンコ屋は母の妹のお店だったので、手伝いに行っていた私の母に一目ぼれしたとか・・・ホント、モテる母に驚きます(笑)
この父は、私や母のため、お酒は嗜む程度に、パチンコはあっさりやめて、私たち親子を大事にしてくれました
この方のおかげで、父親の優しさや、厳しさを知ることができました
今思い返しても、いいお父さんだったと思います

つづく

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