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【銀河英雄伝説】姉上の記事が小バズっているので、姉上周辺の男たちについて雑談したい。

姉上の記事が読んでもらえているので(ありがとうございます!)姉上の男事情について(言い方)思いついたことを適当に雑談したい。

◆フリードリヒ四世について

フリードリヒ四世については、地の文が意識的に偏った解釈をしているのではと思っている。
特に「うん?」と思ったのは、「星を砕く者」の下記の箇所だ。

(略)フリードリヒ大公殿下はいつも遊興費の出処にこまっており、父帝の死の直前も高級売春婦と酒場から総計五四万帝国マルクの借金の清算をせまられていた。(略)
「ビュルガー」という店の主人にたいしては大公ははいつくばって哀願すらした。(略)
「ビュルガー」の主人は、「もしフリードリヒ大公が帝位についたときは額面を20倍にして借金を返済する」との証書をサインさせて借金を帳消しにした。(略)
「もし」が現実となり、至尊の冠を頭上にいただいた新皇帝は、「ビュルガー」の主人に44万マルクを支払ってやった。

(引用元:「銀河英雄伝説外伝1 星を砕く者」田中芳樹/徳間書店/太字は引用者)

地の文の文脈だとフリードリヒⅣ世がいかに凡庸で情けない奴か、ということを強調する雰囲気が強いが、内容を読むと「おや?」と思う。
門閥貴族は、そもそも平民を人間扱いしていない。ブラウンシュバイク公など自分に歯向かったと言って、ヴェスターラントに核を打ち込んでいる。
ブラウンシュバイク公のやったことは極端だが、貴族の価値観としてはそれほど特異ではないという風な描かれかたをしている。
それがブラウンシュバイク公よりも高位の皇族であるフリードリヒ四世は、酒場の主人にちゃんと借金の証書を書いて、しかも約束通り支払っている。
脅して踏み倒すことも出来ただろうが、そういうことはしていない。
仮に大公時代はそこまでの権力は持っていなかったとしても(考えにくいが)、皇帝になった後は「自分を哀願させた」と逆恨みしてもおかしくない。だがそういうこともなく、約束通りきちんと支払っている。

(地の文が書いている通り)平凡と言えば平凡、普通と言えば普通だが、むしろ宮廷貴族の価値観の中で最も尊い身分に生まれて「普通である」ことが凄いと感じる。

また話の流れ的にフリードリヒⅣ世は「ロリコンである」というニュアンスを感じるが、ロリコンであればアンネローゼは成長したら寵を失うはずだ。だが20代半ばになっても寵を独占していて、他に目立った競争相手がいないことを考えると、普通にアンネローゼが好きだったのだろうと思う。
ベーネミュンデ侯爵夫人が寵を失った後もひたすらアンネローゼだけを恨んでいたところを見ても、個人的にはフリードリヒⅣ世は権力者の割には意外と後宮の女性たちにとっていい人だった……というよりは、面倒のない相手だったのではないかと思う。

◆ラインハルトだけではなく、キルヒアイスもだいぶ厄介。

今回、読んでいて下の箇所に「おっ」と思った。

姉にふさわしい場所は王宮ではない。
ではどこなのか、ということになると、九年前、ラインハルトの一家がキルヒアイスの隣家に転居してきた当時、と、むしろ空間よりも時間的に、ラインハルトは限定してしまう。(略)
彼らが思って、しかも直視しがたい風景が存在する。
もしアンネローゼが皇帝につれさられず、市井の青年と愛をはぐくんだとき、ラインハルトやキルヒアイスはそれを許容しえただろうか。
あるときそのことに気付いて、ふたりは最初、呆然とし、ついで感情と理性の置き場にこまりはてた。
権力によってアンネローゼを強奪した皇帝が、あるいは彼らを救ってくれたのかもしれない(後略)

(引用元:「銀河英雄伝説外伝1 星を砕く者」田中芳樹/徳間書店/太字は引用者)

ラインハルトのアンネローゼに対する気持ちについて、「結局、アンネローゼの相手が誰であっても認められないのだろう。『強大な相手に無理矢理奪われて』むしろ救われたんじゃないか」というキツいツッコミを入っていたのかとちょっと驚いた。
本伝にもう一か所くらいあったと思ったが、その箇所よりもかなり踏み込んだツッコミだなと思う。

ラインハルトがアンネローゼに対して「『自分の理想の姉上』でいて欲しい」という気持ちが強すぎることは分かっていたが、この箇所を読んでキルヒアイスのアンネローゼに対する気持ちもラインハルトと大差がないことに驚いた。
「アンネローゼと愛を育む市井の青年」に、ラインハルトもキルヒアイスもキルヒアイスをまったく想定していない。
十歳のころならわかるが、この時点でキルヒアイスは二十歳である。

別の箇所では、アンネローゼが宮廷から迎えが来た時に、自分が大人だったらラインハルトとアンネローゼを連れて同盟に亡命していただろうと考えていた。(ソースが出せずスマンだが、本伝の二巻だったような気がする。)
ところが宮廷に召されるという「救わなければいけない不幸」が起こらずに、アンネローゼと普通に恋愛をするという話になると急に十歳の時に風景が戻ってしまう。

キルヒアイスの場合は、他人との距離感がおかしいラインハルトとは違い、ラインハルトの心象を尊重している面が大きい。
ラインハルトとキルヒアイスの関係を見ると、対等な友達というよりはキルヒアイスがラインハルトを一方的に甘やかす疑似母子関係だ。(ラインハルト本人も認めている)
甘やかしの一環として、自分やアンネローゼの未来よりもラインハルトの揺りかごの保存を優先してしまっているのではと思う。
ラインハルトの故郷とも言うべき原風景を壊さないために、平和な限りはそこに大人の自分を登場させることを遠慮しているのではないかというのが個人的な意見だ。
逆に言えば、「宮廷から迎えが来るという緊急事態があれば、大人の自分が登場出来る」と無意識に思っているのが面白い。

自分がアンネローゼの立場だったら、この構図に「ちょっと勘弁して欲しい」と思ってしまう。

◆「銀河英雄伝説」は、ラインハルトにかなり厳しい。

十代の時はチート臭いキャラに思えて、ラインハルトが好きではなかった。
大人になってから読むと、政治や軍事の能力はチートでも日常の人間関係は明らかに難ありな人物として描かれている。
自分が敵対している人物ならまだしも、ラインハルトの場合は自分が好意を持っている人物に対して距離感が下手くそで、たびたび致命的な結果を生んでいる。
キルヒアイスに対しては同年代の友達なのに、母親に対するが如く甘えて甘えて甘えまくって、ついには自分の判断ミスで死なせてしまう。
ロイエンタールは意地の張り合いで殺さざるえなくなってしまい、ベルゲングリューンに痛烈に非難されている。

こういった取返しのつかない結果を招いたこと以外でも、たびたび忠告していたにも関わらず、キルヒアイスの言うことをきかずキルヒアイスが死ぬという結果を招き、アンネローゼには距離を置かれている。
ヒルダに対してはずっと公的に接したのに、急にプライベートに踏み込んで、しかも踏み込んだ側なのに何故か踏み込まれたヒルダ以上にバグっている。

こういうラインハルトの駄目なところを「天才だから欠点があるのは仕方がない」と片づけず、ストーリー的に痛い目を見たり非難されたり業を負わせたりしている。

ラインハルトは「嫌な奴に頭を下げたくなかった、言うことを聞きたくなかった」という、よく考えれば信じられないほど子供っぽい理由で皇帝になった。だがそんなラインハルトは、最期の最期で「オーベルシュタインを好いたことは一度もなかったのに、思い返したらあいつの言うことを一番聞いている」と述解する。
「嫌な奴の言うことを聞きたくなかった」というどう考えても反抗期の子供のような理由で皇帝にまでなったラインハルトが最後に悟ったのは、「どんなに偉くなっても、人間関係、社会というしがらみからは逃れることは出来ない」そういうことだったのだ。

大人になればなるほど、ラインハルトを好きになるというか、親近感がわくようになった。
もちろん能力はまったく違うが、ラインハルトが味わった悔しさや反抗心や疑問、怒りや挫折は誰もが成長する過程で感じるもので、今考えると等身大のキャラだったんだなと思う。
ラインハルトは優れた資質を持つ天才だったが、内面は学ぶことがたくさんある人間だった。
そんなラインハルトが様々な苦難や挫折を乗り越えながら大人になっていく、そんな成長譚でもあったのだなと感じる。


*オーベルシュタインやロイエンタールについて書いた記事。


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