見出し画像

中古車販売店の送り出し

100万〜150万円程度の値札をフロントガラスに貼り付けた、20台ほどの中古コンパクトカーたちが、街灯に照らされた国道を見つめるように並び、社長、部長、営業から事務員、社員総出で集まっていた。

ここに並ぶどの車からも鳴るはずの無い豪快なエンジン音が聞こえた。
小さな販売車両からなる列の最後で一際目立っていたGT-Rに森さんが乗り込んだのだった。

「よーい!」

社長が合図すると社員全員が手の中の販売車両列を構成するそれぞれのコンパクトカーのキーに親指を準備した。

そして、各々が順番にキーを押た。

ピッと鳴りハザードが一回光る、ピッと鳴りハザードが一回光る、

前の人の「ピッ」という音を聞いてから次の人がボタンを押していたのでは、脳と体の伝達信号の都合上、間が空きすぎてしまうのだが、 キーを持った手を下げた所を起点とし、前に突き出し、それからボタンを押すという動作を基準とし、前の人が手を突き出すのが目に入った時点で、同じく動作に入ることで、音とハザードは見事に右から左へと流れていく。

このハザードをドミノ倒しのように進ませる芸当は退社する社員を送り出すためではなく、納車式として行なっている。当然よく見えるよう夜間に行うため当社の営業開始時間はそこらの居酒屋と同じだ。

ハザードの波はあっという間に森さんのGT-Rまで流れると、最後に強烈な閃光を誘発した。

社訓の通り森さんがハイビームを点けたのだった。
車20台も向こうだと、森さんの顔はほとんど見えなかったがその表情は容易に想像できたし、漫画で言えばGT-Rは汗をかいていた。

他社販売店の納車式まで請け負うようになり、それがいつからか当社の中核事業となり、来月からまさかの納車式一本でやっていくと決まったのだから、それはこの納車式が嫌で仕方なかった森さんにしたら耐え難いことだった。

おそらくはまだ再就職先を見つけていない森さんの残クレ700万のGT-Rは国道にスムーズに流入すると爽快に走り抜けていった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?