domingo, 23 de julio de 2023

「It's nothing, it's nothing」
と、しきりに呟いていた彼は、医学部の学生で、休学して旅に出ているんだと話していた。ヨーロッパの東の、小さな国の古い街を彼はとても気に入っていたらしいけど、ちょっと空気を入れ替えないと息が詰まりそうだったらしい。

「で、旅の後でそこに戻っても大丈夫なのか?また詰まるだろう、息」
と、僕が聞くと、
「うん、でもそしたらまたどこかに行けばいいよ。It's nothing, it's nothing」
と、ウィンクをした。
そして、その次に彼は、

・・・

「この国で生きていくのに必要なこと、それは柔軟な対応としなやかな忍耐力です。だって、長い目で見て最後にいい形で着地できさえすれば、それでいいのですから」
「いいですか、もうこの国はそういう段階にはいないんです。なので、じゃあお金を出しましょう、これを建てましょう、と簡単にはいかないんですよ」

この2つセリフは、先週僕が何度も口にし、そして耳にした言葉だ。
どちらとも真実だと思う。自分自身をしっかりと支えていないととてもじゃないとやっていけないし、実際街には車もスマホもあぶれている。

でも、それらはどちらも嘘だ。
金を払えばこの国の人とは付き合うこともなく、相手を選び自分の好きなように振る舞いながら生活を送ることができる。
そして、たった今、僕のテーブルには5歳くらいの子供が物乞いに来た。

真実でもあり、嘘でもある。
例えば僕のような存在なんて、ほんの一瞬の風で飛ばされてしまうくらいのものなのだろう。

・・・

医学部の彼とは連絡先を交換しなかったので、今どこで何をしているのかを知る手立てはもうない。
出会ったのはもう何年も前だ。きっともうヨーロッパの東の小さな国の古い街で、大学に復学して論文を提出し、しっかりと学位を修め医者になっていることだろう。
あるいは経過した年月の間で、また空気を入れ替える必要性が生じて、どこかへ旅に出ているのかもしれない。
どちらにしろ、元気でいてくれていることを祈っている。

一緒に旅をしている間、彼よく、
「It's nothing, it's nothing. 」
と、呟いていた。
そして、その次に彼は、
「But, yes there is.」
と、いつも付け加えた。

なんでもない、なんでもない。でもそこには確実にあるんだよ。

真実でもあり、嘘でもある僕らの世界の諸々は、仮にそれがどちらだとしても、唯一否定できない面があるとすれば、それは確実にそこに存在しているということなんじゃないか。

僕は先ほどの物乞いの子を探そうと、席を立った。

まだ間に合うかもしれない。

確実に、そこにいるはずなんだから。



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