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金原瑞人✖️斉藤倫 『レディオ ワン』刊行記念対談 「飛ぶ教室」未収録お蔵出し〜後編 〈ラジオと表現のあいだで〉

みなさま、こんばんわん。
ぼく、DJジョンがお送りする、月曜夜九時、〈レディオ ワン〉。
先日、番組ゲストの翻訳家の金原瑞人さんと、詩人の斉藤倫さんに、新刊小説『レディオ ワン』刊行記念と銘打って、いろいろ語りあっていただきました。
対談記事が掲載された「飛ぶ教室」59号(2019年 秋)に、収録しきれなかったパートを、note限定でお送りする、その後編になります。それでは、お楽しみください。(前編はこちら

(「飛ぶ教室」対談、ラジオの話題を受けて──)

ジョン 実は対談前に、斉藤さんから金原さんに質問がありました。「文字で表現される文学と別に、音声での言語表現としてラジオがあるとおもいます。文学や映画でラジオが印象的に使われているものはありますか?」というものです。

金原 ラジオが効果的に、印象的に使われてる作品ということですが、ひこ・田中さんは、三谷幸喜の『ラヂオの時間』と、いとうせいこうの『想像ラジオ』を挙げています。やっぱりひこさんと同年代なんで、これは大体、僕と同じ。あと、映画だと、ロビン・ウィリアムズ主演の『グッドモーニング、ベトナム』やジョージ・ルーカス監督の『アメリカン・グラフィティ』が印象に残っています。

 これはぼくが聞いた3人ぐらいから出てきたんだけど、この間、上映されていたドキュメント映画で、『ラジオ・コバニ』っていうのがあるんですよ。トルコとの国境に近い、シリアのクルド人が住んでるコバニっていう町が舞台です。ここは2014年から過激派のイスラム国(IS)の占領下になっていたんですが、クルド人民防衛隊の激しい戦いと、連合国側の空軍の支援によって、2015年に解放されるけど、その際、本当にがれきと化すんです、町が。
 そのときに、20歳の大学生のディロバンっていう女の子が友人とラジオ局を立ち上げて、ラジオ番組、「おはようコバニ」の放送を始めちゃう。

斉藤 おおー。

金原 これは、まさにラジオが主人公の映画ですよね。あと、もう一つは、本なんですけども、ポール・オースターの『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』。これは元はラジオ番組のために、オースターが全米から募って、精選した普通の人々の、ちょっとした普通でない実話を集めた180の物語から成ってる。これもラジオ物かな。

 あとは、日本翻訳大賞を受賞した、アンソニー・ドーアの『すべての見えない光』。これは第二次世界大戦中のナチス・ドイツの技術兵になった少年が、ラジオをいじる話なんです。電波技師になって、フランスの目の見えない少女との出会う話で、ラジオがとても効果的に使われてます。……探せば結構あるかな。

ジョン 素晴らしい。

斉藤 これだけでも、ガイドとして価値がある。うれしいです。

 今、聞いてて思ったのは、そういう戦争とか、ある種の厳しい状況のときに、ラジオって昔からそういう役割をもってて、今はSNSなんかに代わられちゃったりするのかなと思いつつ、でも先ほどの話を聞くと、『ラジオ・コバニ』も最近の話ですもんね。やっぱりラジオって何かそういう機能をしてるんだなという気はしますね。

金原 まだ十分に使えるし、それに面白い使い方もできるのかなと思います。

斉藤 ですよね。言語芸術って、割と詩とか文章とか哲学を指すと思うんですけど、音声のものが本当はあるはずだとという気がしてて、落語なんか典型的にそうだと思うし、ラジオのDJや、最近だと、ラップバトルとか、ああいう文化も言語の芸術だと思ってるんですけど、それをまとめて扱う方法がないなと。

 僕は会話を文章にするとき特に神経を使うんですけど、例えば落語の速記本とか、ああいうものって、背景を知ってて読むと、そのとおり起こしてるものも、イメージが浮かびやすい。でも普通の会話とかを、そのまま、例えば今、話してるものとかを単純に、本当にそのまま起こして、文字にすると、分からなくなるんですよね、読んでて。逆にイメージがつかみにくいっていうか。

金原 分かりづらいし、面白くない。

斉藤 面白くないですよね。文章って文字にするとき、多分、違う回路が必要で、音の言語芸術と、字の言語芸術っていうことが、すごくいつも気になってて、特にラジオの話なんか書くときは、ものすごくそこは難しいし面白いなと思ってやってましたね。

金原 その話を聞いてると、僕が連想するのは、明治に入ってからの言文一致運動なんですよ。それまで書き言葉っていうのは本当にがちがちの書き言葉で、話し言葉は話し言葉、そして言文一致運動が始まったときに、しゃべってる言葉で書けばいいだけなのに、何がそんなに難しいのと思うんだけど、すごく難しくて、結局、坪内逍遥も挫折して、二葉亭四迷が何とか『浮雲』で、山田美妙が『夏木立』で言文一致のモデルを作って、だんだん定着していく。話し言葉で書く習慣がなかったところで、それを始めるのは大変だったんでしょうね。

斉藤 なるほど。

金原 そのときに、二葉亭四迷が、坪内逍遥に、三遊亭圓朝の『牡丹燈籠』の速記本を参考にしたらどうかといわれて、それが大きなヒントになったそうです。

斉藤 ああー。

金原 面白いのが、その頃、読み物というのは、やっぱり書き言葉で書いたほうが面白いし、読みやすいし、迫力あった、多分。巌谷小波が『こがね丸』っていう作品、書くんですよ。犬のあだ討ちの話ね。

ジョン おもしろそうですね。

金原 犬のあだ討ちの話で、日本で最初の児童文学なんですよ。それは文語体で書いてある。だから、今、読むと本当、読みづらいんだけど、それが当時、ベストセラーになる。そしたら周りから非難される。

斉藤 へえー。

金原 作家仲間で、言文一致でいこうっていってる中、なんで文語体で書くんだって言われて。巌谷小波がその後、口語文で書き直すんですよ。でも、こっちは売れなかった。

斉藤 書き直したんだ。

金原 そう。それにしても、しゃべり言葉と、書き言葉というのは、口語、文語という分類以外に何かあるんでしょうね。

斉藤 ありますよね。詩は朗読がもともと、多少、前提にあったりするので、口語文に近いはずなんですけども、むしろ書き言葉より分かりにくい。書き言葉を読んでも分からない状況になってるという、この不思議さとか。『ぼくがゆびぱちんとならして、きみがおとなになるまえの詩集』も基本、会話劇なんですけども、その会話も、リアルにしようとすると、逆に相当、計算していじっていかないと、2人のリアリティって出ないんですよね。

金原 確かにね。それ、やっぱり難しいですよね。

斉藤 そういう音と文字をつなぐルールがあるといいなと思うんですけど、実際ルールはなくて、毎回苦労する。でも面白いところですけど、一番、やってて。

金原 話を聞いてると面白いんだけど、それを文字化した途端にね。

ジョン テンポとかもありますかね。

斉藤 テンポとか、口調とか、間とか、それをうまく文字の中で再現しようと頑張るんですけど、絶対こぼれちゃうし、校正していくと、やはり文章としておかしいって話になる。それで直すんですけど、直して悪くなるかというと、読みやすくなる部分もある。すごく迷うところですね。

金原 詩を書くときも、読んで、そのまま耳に入ると面白い、そんな詩を書こうという気持ちで書いてました?

斉藤 そこは難しいんですけど、実際に朗読して、そう聞こえるっていうよりは、字で読んでるのに、耳で聞いてる感じがするっていうことを大事にしてます。その場で読まれてることを文字で再現してるんだけど、実際にはそうは読んでないっていうことと、多分、一緒なんですけども、朗読で読んだときに気持ちいいかどうかは分からない。読んだときに、その場でしゃべってるのを聞いてる感じがするっていうふうな、一回、変換してる気がしますね、自分で。

ジョン 『レディオ ワン』にはひらがなが多い気がするんですが、関係ありますかね。いぬなので、そのほうがうれしいんですが。

斉藤 早く読まれたくない所は、ひらがなにしたりとか、黙読できないようにやってます。漢字で意味だけ取ると、その音で読まれない。「朝」って漢字で書くと、情報として朝って読まれちゃうんだけど、あさ、って読んでほしいときは、あさ、って平仮名で書きたい。「あ」、と、「さ」、って書きたい。

 あと、会話のテンポ。会話だけに見えて、実は地の文っていうのが間に入ってくるので、地の文と会話の比率が、実は読んでるときのテンポなんですよね。戯曲とかと違うので、会話がテンポよく感じるときって、実は地の文とのバランスがいい。地の文という、実際にそこでなされている会話には含まれてないものとのバランスでできてる、というか。

 金原さんが翻訳されるときには、もともとの文章のそういうリズムとか、漢字、ひらがなみたいなものは、英語の中にはないですけど、そういう間合いみたいなものを計算して翻訳されたりとか?

金原 訳さなくちゃいけない内容がここにあるから、ここは緊迫した場面だから、そういうふうな日本語にしようねっていうぐらいしか考えない。面白いことに、日本では作家が書いたものっていうのは、漢字ひらくとか、ルビをどう打つとか、編集者はほとんどいじらないんですよ。一方、翻訳物はほとんど編集者が統一する。だから、同じ本の中でここは漢字なのに、ここはひらくっていうのは、まず翻訳の場合はあり得ない。作家さんの場合は、それをやるでしょ。

斉藤 ありますね。翻訳としての客観性みたいなことなんですかね。

金原 多分、面倒くさいから、そういうふうに決めちゃおうっていう感じじゃないんですか。

斉藤 それ以上に多分、考えなきゃいけないことが、山ほどあるんですよね。正確さとか、ニュアンスとか。

金原 どうなんでしょう。

ジョン 最後は、翻訳の話まで広がりましたが、お時間となりました。対談の本編は、発売中の「飛ぶ教室」59号で、ぼくDJジョンの活躍は、『レディオ ワン』で、ぜひご覧ください。

 金原さん、斉藤さんありがとうございました。

(2019年8月21日収録)

お蔵出し対談・前編はこちらになります。

レディオ ワン』(光村図書)より、発売中。
クリハラタカシさんの装画で、「飛ぶ教室」連載(2018年春号から冬号)の四篇に書き下ろし二編を加えました。


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