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ほいくえんで、はたらく大人の顔をした子ども

かくことはすきなのに、言葉が降ってこないとかかずにいたら、1年くらいかいてませんでした、🌷です。だいぶだいぶお久しぶりです。
そのこともあって、今日は、わたしのしごとについてかいてみようと珍しくテーマを決めてつらつらしてみることにしました!やはり、降ってこないとかけないのか、テーマを決めてみたものの、なかなかかけません…ね 涙


気がついたら、はたらき始めて2年目も終わろうとしている。

わたしのしているおしごとは、毎日の“くりかえし”が大切で、その“くりかえし”を大切にしていけるか、その“くりかえし”をいかに丁寧に大切していけるか、その“くりかえし”を丁寧に大切に積み上げていくことで、きっとこれからの明るい未来につながっていく。
“くりかえし”の毎日だけど、このおしごとは、飽きることなんてなくて。笑ったり はしゃいだり がんばったり 泣いたり 怒ったり 感情がいーーーっそがしいみんなと同じくらいいーーーっそがしい。ひとつひとつの出来事に、どう向き合っていくのかそれにいっぱいいっぱい…

とはいっても、大抵あれもこれもに追われるようにときが進み、ひといきもつく間もなく、これでよかったのかと考えることすらも忘れてしまっていないだろうかと思ってしまうような日々。
これでいいわけではないけれど、これが今を生きるということなのかもしれない。これこそが日常というものではないのかと。しごとのことについて学ぶ学生とそうでないしごとをする今との大きな違いなのかもしれない。わたしにとっては、たくさんいろんなことがあった刺激の多い学生時代は日常というよりはどちらかというと、非日常であったように感じるから。

このおしごとを始めて、つい当たり前のようにやってくると錯覚してしまいそうになる日常の大切さと、素晴らしさを思い返してくれたように思う。日常ってなんだろう、うまくいくことばかりではないのに、安心する。かわいいかわいい子ちゃんたちは、この安心のなかにいられることが何よりの幸せなのだと感じる。(あぁ、かわいいかわいい子ちゃんたち、ごめんね、わたし、あれこれぷんぷんしていることもたくさんあるよね…泣)

このおしごとは、新しいものを次々に生み出すようなおしごとではない。お金をがんがん稼ぐようなおしごとでもない。それでも、このおしごとをすると、ここにいるということは、このおしごとが大切なことであると感じているからであるはず。(わたしたちみんなを先頭でひっぱる先生より)

このおしごとができることに感謝しながら、わたしにできることをやっていきます。
できたてほやほやの覚えたての数少ない言葉のボックスのなかから、「🌷せぇんせい〜」って日々呼んでくれるみんなが愛おしすぎる!
どうやら、かわいいかわいい子ちゃんたちがわたしたちの先生ですね。大人たちを育ててくれます。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!また、かきます!思ったことを日々かけるようにしたいなあ。

🌷


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