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ん・・・親孝行していない!

「あたしね。そのうち旅行に行きたいなと思っててね。ふふ」

 夜の七時過ぎ。新聞の束が無数置かれる八畳間。白いガラステーブル越しに母はそう告げた。その目は、遠足前夜の少女をありありと彷彿させた。が、それと同時に伏目だったためか、どこか遠くを見ているような、儚げな影を、薄っぺらい旅行冊子に落として見えた。口元がゆるんでいる。目元の小じわ。風呂あがりの唇は赤く艶やかだ。それと相反するように両手の甲に、ひび割れ。家事は大変な仕事だ。いつしか家事という大仕事に、チップ制度を導入したい

 出来る限り、私は水仕事を変わりたい。食器洗いは好きだ。それでも早朝から起きて行動している母には、いつも、負ける。

 朝九時。綺麗に片付いたシンクを見つけるたび、私の胸は、そこに並んだ三本の包丁に、ぐさり、ぐさり、刺される気分だ。ああ。ごめんなさい。お母さん。また洗いもの、やってくれたの。

 母はいつか旅行に行きたかった。コロナ禍が始まる前だって、東北の実家に帰るくらいが、私の知る母の遠出だろう。そんな母はよく友人と遊びに出かける。それで満足している、ものだと、勝手に思っていた。勘違いだっただけに、やはり私の心臓は鋭利な刃物でやんわりと抉られた。

あ。親孝行していない。

・・・・・・

そんな情景がありました。ので、猫目は二十代でやっとこさっとこ親孝行を企画することにいたしました。題して【29,800円! トキメク3万円以下 旅行プラン】のプレゼントです。

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こちらのプランですが、何もお金を徴収する気はまったくございません。親に向けてそのようなことをしていては詐欺にも程がありますので。

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実はこんな感じで、最後のページに【特別クーポン券】を添付しております。29,800円分の割引券です。これで実質どのプランも無料です。このような非常にややこしいことをするのは猫目の遊び心です。母もきっと解ってくれるはずです。たぶん。

いやね。

実際これを作成している時の猫目は、本当にウキウキしておりました。やはり、誰かのために何かをすること。それは猫目にとって人生で最大の楽しみなのですね。それが母ともなると絶頂です。だからそこ猫目は物語を創作しているのでしょう。誰かの役に立ちたいと、真顔で抜かしているのに違いないありません。小説を介して読者のみんなと触れ合いたい、とか何とか考えているようです。

と、いうことなので。

内心ハラハラしながら、こちらの【29,800円! トキメク3万円以下 旅行プラン】をプレゼントしたいと思います。にこにこ。どきどき。ああ楽しい。まだまだプランを盛り込むつもりです。久しぶりに高揚する逸る気持ちが、デスク傍らの日本茶より温かい。エンターテインメントの醍醐味はここにある。自分のためには決して味わえない、歯痒い幸福。

どうか早く、コロナが終息しますように。

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