見出し画像

8月チェロレッスン①:この際、関係をハッキリしましょう。

世の中、お盆休み。
私は通常業務。

チェロ師匠もお盆休み中だが、私に合わせてレッスンを入れてくれた。
私一人なので、勝手知ったる師匠宅でのレッスンとなった。

私が玄関のドアノブに手を掛けた瞬間に、扉が開いた。
先生(師匠)が顔を出した。
「そろそろ来る頃だと思って。」
「びっくりしました。こんにちは。」

先生、中に入れてくれる...が、何となく機嫌が悪い。
長年の付き合いだ、話さなくても雰囲気で分かる。

レッスン室に入って、私は準備を始めた。

ピアノ椅子に座った先生、私に話しかける。

「練習、家でやってたのか。」

あー…2週間前、私が「集中練習したいから、センセのレッスン室行くと思います」と言ったものの、結局行かなかったから機嫌が悪いのか。

「こちらを訪ねる時間がなくて、家で練習しました。理由はコレです。はい、おみやげ。」

私は先生にお菓子の箱を渡した。

先生、箱を眺める。
「ありがとう。信州...何しに行ってたの?」
「登山です。北穂高に登りました。」
「一人で?」
「…一人で。」

先生の聞き方に何となく険を感じて、私は小さく返事をした。

先生、ため息をついた。
「はー、お前は放っておくと何をするか分からない。何でそんな危ないところに一人で行くの。」

昔も山へ行く度に先生に言われたセリフだ。

「思いつきで行ったんじゃありません。
危ないから、ちゃんと余裕のある計画立てて、計画通りに行動しましたよ。」

私は、松脂を塗っていた弓を置いて、先生に向き直った。
「センセ、私はもう大人です。自分の行動には自分で責任を取ります。」
「それはそうだけど。」
「センセは未だに私に干渉しすぎです。」

先生が黙り込んだ。

「ずっとモヤモヤしてました。この際です。ハッキリさせましょう。
私はセンセにとってただの弟子ですか?
違うでしょう?センセには、ほかにも弟子がいるもの。
そしてその方々と比べて、センセの私への態度は厳しい。私生活にまで口を挟む。まるで身内みたい。」

先生、まだ黙ってる。

「センセにとって私はきょうだいですか?道端で拾った猫ですか?」

私は学生時代、生活に困窮していた数年、先生に養ってもらった過去がある。

暫しの沈黙の後、先生が言った。

「そこ、ハッキリさせて困るのは、夜のほうなんじゃないの。」

「は?」

先生、椅子に座り直す。

「そういうことだよ。僕は困らない。」
「私が困るんですか。」
先生、うなずく。
「そう。」

今度は私が沈黙。

「やっぱり、やめます。」
「え?」
「私が困るんなら、関係ハッキリさせるの、やめます。」
先生、今度は呆れ顔。
「お前な…。」
「準備できました。レッスンしましょう!」

「人の気も知らないで…。」

と先生が言ったのが聞こえたけれど、聞こえなかったフリをした。

           ★

私がスケールを始めた途端、先生が言った。
「楽器調整した?」
「そうです。分かりますか?」
「もちろんだよ。この間はガリガリ鳴らしてたのに、今日は軽く弾いて音が出ている。」

プロには分かるのだなぁ。

「お兄さんに魂柱調整してもらいました。弾くの、軽くなりました。
一緒に、弓のネジも直してもらいました。」
「いい感じだね。」

「で。センセ、不味くないですか?」
「お前もそう思う?」
先生は、私が何をと言わずとも分かったようだ。
発表会の曲のレッスン、まだまともにやっていない。
あと2ヶ月しかないというのに。

「僕も改めて弾いてみたけど、バルギール、なかなか難しい。特に展開部。相当やり込まないと自分のものに出来ないよ。バッハやってる場合じゃない。」

ですね。

「まず、弾いてみて」と言われる。

バルギールのアダージョは、序奏、展開部、終結部で構成されている。序奏と終結部はほぼ同じ。
序奏ができれば、曲の2/3は出来上がる。

まず序奏。
拍の取り方について注意を受ける。
「ちゃんと数えて。勝手に作曲しちゃダメ。」

メトロノームを無視してはいけませんね…当たり前だけど。
裏拍刻むの、苦手です。

「序奏の最後のほうのCを2拍伸ばすところ、気持ちいいからって、自分のビブラートに酔わないッ
。ほら、次のDが遅れた!」

…手厳しい。

それでも、何とか序奏はOKもらって、展開部。

16分休符の弾き方が違うと言われる。

「これまでより早く、力強くって指示なんだから、威厳をもって弾く感じ。鋭く、力強く。」

弓元1cmで素早くHを弾いて、一瞬弦から離す。今までやったことのない弓使いを教えてもらった。
なるほど、そうすれば鋭い音になる。
慣れれば出来そうだ。

「50小節から52小節までは親指使って、全部8ポジで弾いて。そう、1番線と2番線で弾ける。」

高音ポジション…辛いな。

「あと、54小節、32分音符は何拍だ?」
「えーと…1/8拍?」

「そう。つまりお前のは遅いッ!長いトリルにかまけるな。」

はー…言うは簡単だけど、指が回らない。

「だろうな。暗譜するほど弾き込まないと弾けないよ、コレは。」

先生とここまで弾いて、今日は限界となった。

「練習してきて。でも、実はこっから先が大変なんだよ。ピアノとの激しい掛け合いになるから。」

ええ、弾いてみたから分かります。
次回までにここまではスムーズに弾けるようにして来いと言いたいのね…。

「分かりました。今日教わった通りに練習してきます。
センセ、参考までにセンセが聴いたっていうイッサーリスがこの曲弾いてる音源、貸してもらえませんか?」

「ああ、いいよ。あんまりないだろう、この音源。なかなかキザな演奏だよ。」
「センセ…人のこと言えません。」
「そうか?」
先生、聞き流すのか。

「ただ、すぐには見つからないから、来週ね。」

昔私が住まわせてもらっていた部屋の、あのゴチャゴチャの中にあるのか。

「分かりました。
そういえば、楽器調整の時に、お兄さんから『バッハ無伴奏5番やってるのなら、発表会はソレにすればいいのに』って言われました。」

先生、苦い表情をした。
そもそも先生は、辛い思い出のある5番を私に教えたくなかったのだ。

「5番、夜も人前で弾きたいと思ってるの?」
「…そうですね。」
「5ページあるよ。譜めくり、どうするの。」
ピアノの曲の中には、譜めくり係を付けることがあるが、チェロ演奏では聞いたことがない。
「なるべく暗譜で。取りあえず、今やったところまでなら暗譜で弾けます。」

iPadを使う手もある。

「そうか。それにしたって、まだ半分も仕上がっていない。来年ならできるかな。」

え?いいの?

「バルギール、短期間にキチンと弾けるようになったらね。」

…条件付きですか。

「…練習してきます。
では、また来週、よろしくお願いします。」

「ああ。」

本日のレッスン終了。

先生にそうは言ったものの、大学オケの曲がまだ仕上がっていないんだなぁ…。
何とかなるだろうか?

…何とかするしかないな。







この記事が参加している募集