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6月チェロレッスン②:私のことはどうでもいいと思っているでしょう⁈

「発表会のこと、夜に言ったっけ?」

私がレッスン室に入ると、先生がそう言った。
年に一度ある音楽教室主催の発表会のことである。
私は教室の生徒ではないが、モチベーションアップのため、発表会に混ぜてもらっている。

「聞いてないです。決まったんですか?」
「あれ?知らないの、夜だけかもしれない。だいぶ前に決まってた。」

何ですと?!

「センセ!都合があるから、決まったらすぐに教えてって言ったじゃないですか!」
「ほら、夜とはいつも顔合わせるから、言った気になってたんだよ。」

例年11月にある発表会、今回は10月中旬だという。

「ええ?!あと4ヶ月後じゃないですか。時間ないですよ。」
「うん...だから、夜と曲決めしてないなって気づいたんだよ。」
「私は1年前からフォーレの"夢のあとに"をやるって言ってましたよね。」
「そうだったっけ?"夢のあとに"は、Sさんに決まっちゃったよ。」

何ですと!!

「ごめん、ごめん。」と先生苦笑い。
「Sさんにはレベル的にちょっとな曲なんだけれども、ほら、ご高齢だから許したんだよ。」
私の咎める視線に言い訳する先生。

全くもう...。

「上手く弾けなくてもSさんは許されるけど、夜はちゃんと弾いてくれないと困るよ。」
なぜ、ここで私に釘を刺す?

では、何の曲にするか?

「パラディスのシシリアーノは?」
「好きじゃないです。」
「フォーレのシシリアーノは?」
「イヤです…って、なんでシシリアーノに限るんですか。」
多分、先生のお得意曲だからだ。

「これまで、どんな曲やったっけ?」
「無伴奏はどれをやったかよく覚えてますけど、ピアノと合わせたのは覚えてません…あ、ヴィヴァルディはよく覚えてます。」
先生、あからさまにイヤそうな表情をした。
しまった…。

私が10代かハタチそこそこの頃。
私は当時この曲が嫌いで、4小節だけ弾いて、勝手にステージを降りた。
後で先生にものすごく叱られた、という苦い思い出の曲。

もちろん、今はそんなことを仕出かすつもりはないけれど、先生は私がまたやるんじゃないかと警戒している。
なので、私の曲選びはいつも慎重だ。

今は良い曲を思いつかないので、お互いに考えてくることにした。

★★

さて、レッスン。

私がウォーミングアップに音階を弾いていると、先生が寄ってきて、私の前にしゃがみ込んだ。
「センセ、どうしました?」
また何かされるのではないか(頭くしゃくしゃとか)と、私は警戒した。
「なんか、コマが歪んでない?音が決まらない感じじゃないか。」
…確かに。D線のミの位置がしっくりこない。

先生、私から楽器を取り上げて、水平にすると、コマを覗き込んだ。
「うん、やっぱり歪んでる。」
私も一緒に覗き込んだ。
「…ホントだ。」
梅雨の湿気のせいだろうか?
先生が応急処置的に直してくれた。
「近々、Kさん(工房)に見てもらいなさい。」

レッスン終えたら、予約しよう。

★★

課題の無伴奏5番がちっとも進まない。
私がオケにかまけていたからだ。

「レッスン曲もきちんと取り組みなさい。」
と先生には毎回言われていた。

2ページ目まで通して弾いた。
前回指摘されたところは、全部直してきた。
先生からも「うん、いいんじゃないかな。」と言われる。
やっぱり成果はやった分だけ表れるのだった。

冒頭、リズムが合っていないところと、2ページ目について、急ぎすぎないようにと指摘された。

それから
「力みすぎないで。」
と言われる。
前回散々「音量が足りない」と言われたんだけどなぁ。アレは湿気のせいだったのだろうか。
今日は梅雨の晴れ間。暑いくらいだ。

「今回は練習してきたね。弾き始める前に、展開をイメージするようにすると、もっといいと思う。
課題を練習できたということは、オケのほうはどうにかなったの?」

「どうにもならないから、諦めたんです。」と私。

「オケの曲、どう考えても今の私の力量じゃ、キャパオーバーです。
前回のオケ練でトップで弾かされて、私が“弾けない”と言っているのは謙遜でも何でもなく本当だと皆さんも分かったと思うんで。
弾けないところは、弾ける人に任せます。練習時間も確保できないし、もう無理はしません。」

やれるだけのことはやった。

「うん。それでいいと思うよ。」
と先生。

「じゃあ、次回は先のほうも見てきて。」
と言われ、レッスン終了。

★★

帰宅してから、発表会の曲選びのために、昔やった楽譜や教本が入った段ボールを漁ってみた。

覚えのない楽譜が次から次へと出てきた。
パラパラとめくると、ほとんどちゃんと練習した跡があった。
3楽章まであるチェロソナタを三週間で仕上げているのもあった。本当に私が弾いたのだろうか?譜読みすると、ああ確かに弾いた覚えがある。
きっと先生の家で毎日付きっきりで教えてもらっていたのだろう。
若い頃の自分に嫉妬を覚える。今は無くしてしまったその技術力にも。

スズキの4巻。1曲だけ弾いていないものがあった。
バッハのアリオーソ。
何でやらなかったのだろう?
裏表紙の私の走り書きを見ると、どうもクレンゲルと無伴奏の楽譜を買ったようだ。そちらに飛んだのだろうか。
アリオーソも良いかもしれない。先生に聞いてみよう。

それとも。いっそ今やっている無伴奏5番プレリュードを仕上げて弾いてしまうのも良いかも、と思った。