24.6月チェロレッスン①
「センセ、私また、センセを怒らせるようなこと、しました?」
そう言いながら、私はおずおずとレッスン室に入った。
先生、キョトンとした。
「なんで?」
「だって…メールに返事がなかったから。」
私は先日の所属オケ定期演奏会の翌日に先生へ『おかげさまで無事終わりました。』と長文メールを送っていた。
「ああ…!」
先生、思い出したように頷いた。
「ゴメン!メールは読んでいたんだけど、返事するタイミングを逃しちゃって。今日会うからいいかって思って。」
「なぁんだ。心配して損した。LINEで一言くれれば良かったのに。」
「そうだったね。でもそんなに心配するってことは、何かボクに怒られそうなことをしでかした?」
先生、声のトーンを落として聞いてきた…おっかない。
「滅相もない!」
とは言いつつ、ブラ3の4楽章、2か所落ちたことが頭をよぎった…が、やっぱり言えなかった。
★
レッスンはずっとやっているバッハ無伴奏5番プレリュード。
途中引っかかることなく、メロディックに弾くことが目標。曲が長いのと、テクニック的に私にはとても難しい。
「後半は教えたように弾けてる。中間部が疲れてしまうんだね。休むところで休まないからだよ。」
との指摘。
「ブレス部分を忘れているわけではないんです。流れに乗って弾けていると、ブレスを入れることで集中が途切れてしまう感じがするんです。
だったら、休まず一気に弾いてしまいたくなります。」
「夜が言わんとするところはわかるよ。
でもそうすると、どうしたって後半で疲れてしまうだろう?」
そうですね…。
「所々入れた区切りは、何も息継ぎだけしろって言っているのではないんだよ。区切りと区切りの間のフレーズ感を考えて欲しい。」
フレーズ感。初めて出てきた。
「例えば、79小節から93小節の部分と94小節から101小節ではフレーズ感が違う。わかる?」
…はい。
「だから弾き分けなきゃいけない。ダラダラと同じように弾いてはダメなんだ。」
引っかからなければ、それでいいと思っていた。
「それに、いつも言っているけど、夜が引っかかる部分って、たった1音なんだよ。全部じゃない。その1小節さえ気を付ければキチンと弾ける。
じゃあ、どう練習すればいいのか、なんだけど。」
ふんふん。
「まず、引っかかる1音を含む小節を練習する。スムーズにできたら、前後の小節を挟んで弾けるようにする。次に、区切りと区切りの間を練習する。そこでその部分のフレーズ感を掴む。
それを、全ページに渡ってやる。最後に全てを繋げる。これで出来るようになるはずだ。
一見遠回りに思えるけれど、そうじゃない。全部を通して練習するよりも、ずっと効率がいい。」
ほほ〜う!
「バッハ無伴奏がチェロ曲の中では一番難しいとボクは思うよ。特に、どの組曲もプレリュードが一番難しい。」
ええ?!
「ドボコン(チェロ協奏曲)や、ベートーヴェンのチェロソナタよりも?」
先生、軽く笑う。
「コンチェルトはオケが曲の流れを作ってくれるから割と楽だよ。オケが入ることでフレーズ感も作りやすい。
ベートーヴェン?アレはチェロソナタって言ってもほとんどピアノとのデュオだよ。ピアノの裏で楽できるところが要所要所にあるからね。」
…経験が豊富にあるからそう言えるんだね…コンチェルトソリストなんて、普通はそうそう弾ける機会なんてないよ。
そして先生が言っているのは全体的な曲作りのことであって、私が悩みがちな技術的難しさ(跳躍8ポジの音が綺麗に出ない、とか)は一切無視している…。
「ところが、無伴奏は自分で曲の流れを作らなきゃならない。
特に5番プレリュードなんて、一番長いよ。しかも難しい。ボクは頼まれてもステージで弾きたくないね。」
先生、呆れたように私を見てそう言い放った。
トチ狂った弟子でスミマセンねッ。
★
「時間ある?ついでに序奏のことも言いたいんだけど。」
レッスンが始まってから、1時間が過ぎていた。
「やっぱりさ、まだ付点八分音符と十六分音符が1拍短いよ。」
「…この前も言われたから、直したつもりだったんですけど。」
「いや、まだ直ってない。十六分音符がつんのめり過ぎ。小節線があるからわかりにくいんだろうけど、十六分音符は次の八分音符のアウフタクトなの。そう言ったらわかるかな?」
ああ…なるほど。
「日本の音楽教育って、小節線にこだわり過ぎだと思うんだよね。向こう(ドイツ)で習う曲は小節線なんて無視した、アウフタクトだらけだよ。小節線は、ただの記号に過ぎない。夜だって、オケでベートーヴェンとかブラームスとかやってるからわかるだろう?」
…そうですね。
(*あくまで、私の先生の考えです。悪しからず…)
「あっちで散々やったグレゴリオ聖歌の楽譜なんて、小節線ないからね。」
「ええ?小節線のない楽譜なんて、見たことないです。」
「だろう?小節線をフレーズの区切りと考えるのはやめなさい。」
★
レッスンは2時間半に及んだ。
今回のレッスンは先生の指定した日にちと時間だった。欠席生徒がいて時間が空いたので、暇つぶしとして私を入れたらしい。
次回のレッスンも指定日時なのは、おそらく同じ理由だろう。先生の暇つぶしだろうが、たくさん教えてもらえるのはありがたい。
「演奏会、今回はうまくいったみたいで良かったねぇ。」
私が帰り支度をしていると、そう言われた。
「はい。おかげさまで。特にベートーヴェンが好評でした。弦楽合奏ももちろん楽しいですけれど、私はやっぱり交響曲が楽しいな。」
「お前は大学オケ出身だから、そうなるだろうね。」
「今回の定期演奏会についても、色々とありがとうございました。」
そう言う私に、先生はニヤリとした。
「ボクは別に何もしていないよ。」
…そんなことはない。
なかなか上手く弾けないソロ部分を教えてもらった。
オケ譜の疑問解決のために、先生宅へ押しかけたこともあった(ついでに昼寝もさせてもらった)。
それではまた、と言って、私はレッスン室を後にした。
★
帰宅後、定期演奏会で使った楽譜を整理した。
チェロを再開してから3年。
ポケットファイルに1曲ずつ楽譜を収めているのだが、40あるポケットが一杯になった。
つまり、40曲練習したということ。
交響曲だと、3、4楽章あるから、もっとだ。
驚いた。
個人レッスンでは無伴奏ばかりやっていたし、ペースがのんびりだから、あまり曲数はないと思っていた。
発表会、オケ、アンサンブル、ロビーコンサートなどやっていたから、その分増えていた。
これ以上増えるなら、先生がしているように作曲家ごと、曲の演奏形態ごとに分けるのが良さそうだ。
曲の数だけ成長しているといいけれど、実感は全くないのだった。