11月チェロレッスン②:歳を重ねると病気の話題が多くなる。
「センセ、外は雪が舞ってますよ。」
言いながら、私はレッスン室に飛び込んだ。
室内は暖かい。
「うん。急に寒くなったもんなぁ。」
と、先生。
「風邪に気をつけてくださいね。」と私が言うと、先生「僕は今のところ健康なんだけれどね、」と言って、浮かない表情をする。
「何かあったんですか?」
「仕事仲間のヴァイオリニストがね。脈が遅いということで病院へ行ったら、あっという間に心臓に付ける電子機器?」
「ペースメーカーのことですか?」
「そうそう。ペースメーカー付けられたの。」
「そうでしたか。それを言ったら私も…。」
しまった…。
私が口をつぐんだときにはもう遅く、先生の顔が険しくなった。
「『私も』なに?」
椅子に座っている先生、両膝に両肘をついて手を組んで、身を乗り出してくる。
こうなると、キチンと話すまで許してもらえない。
私は仕方なく松脂を塗っていた弓を置いて、先生に向き直った。
「健康診断の心電図検査で引っかかりました。」
若い頃の栄養失調が原因と思われる不整脈は元々あった。自覚症状はなく、治療の必要もない程度だったが、最近動悸を感じるようになった。
先月の健康診断で心電図の電極を付けてすぐ「何か治療を受けていますか?」と、検査技師の方に言われた。やっぱりな、と思った。
と、話したところ、
「知らなかった。なんでもっと早くに言わなかった?」
厳しい表情で言われた。
なんでって、もちろん心配かけたくないからですよ…。
と思ったけれど、言葉が出なかった。
「ごめんなさい。」
とだけ、言った。
「キチンと詳しい検査を受けなさい。」
「はい、ちゃんと検査予約しましたから。」
「仕事、減らせないのか?」
「専門が私しかいないから、厳しいですね。これから残業と休日出勤を減らすように努力します。」
「そうしなさい。」
センセだって私に隠していることがあるの、知っているんだから。
私の隠し事にはうるさいクセに、自分のこととなると全然教えてくれない。
★
そんなやりとりがあり、気まずい中でのレッスン。
発表会後から再開したバッハ無伴奏チェロ組曲5番プレリュード。中盤に入った。
先生曰く、この中盤部分が最後まで引っかかりやすいとのこと。
今のうちにやり込んでおきなさい、と言われた。
特にAs(ラ♭)がとても取りにくい。
2か所、音間違いも発見。
それでも、この2週間だいぶ練習してきたことを認めてもらえた。
「3ページ後半から4ページ前半部分、さらってきなさい。」
いよいよ後半戦に突入か?!
5番プレリュードは序奏が一番好きだけど、後半に向かってまたカッコいい部分がある。
重音がたくさん出てくる。
上手に弾けたら、ウットリする。
ただし、さらに音程が取りにくい音の並びをしている。
今回やった課題より、私にとっては難しい。
最初はゆっくり音を正確に取り、徐々に早くしていくように練習する。
「4ページ目の後半に入れるのは、来年かなぁ。」
私がボヤくと、先生がニヤリとした。
「レクチャーなら年内にできるよ。やれるところまでさらってきてごらん。」
おおー。レクチャーしてもらえたら、お正月にたっぷり練習できそうだ。
「バッハたくさん練習したいけれど、オケのブラームスがとても難しくて、ちっとも進みません。」
ため息を吐く私。
「だろうね。さては、ブラームスが難しくて進まないから、好きなバッハの練習に逃げたな。」
先生、お見通しですか。
だから、今回割とスムーズに弾けたんですよ。
★
レッスン後、12月のレッスン日について話し合った。
「夜の都合で決めていいよ。」と先生が言う。
いつもはほかの生徒さん優先で決めるのに、不思議に思った。
「いいんですか?」
「うん。3人の生徒さんが休み中なんだよ。」
3人も?
「2人が就活中、1人が病気。」
チェロができないほどの病気ですか…。
「だから、夜も気をつけるんだよ。」
そんなことがあったから、余計私の身体を心配しているのか。
「はい。お互いに気をつけましょう。私はこれからオケのチェロパートの人たちと忘年会です。」
内輪の懇親会に誘ってもらえるほど、仲良くなった(心臓のことがあるので、お酒はあまり飲めないけれど)。
先生、フッと笑んで、
「楽しんでおいで。」と言って、手をヒラヒラと振る。
「はーい。では、また来月。」
外に出ると太陽が出ていたが、風がとても冷たかった。
いよいよ年末だなぁ。