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11月チェロレッスン1回目:セントポール後遺症

8月のまだまだ暑かった頃。
私はオケ本番に向けての練習のために、先生の家にあるレッスン室に通っていた。

先生は、いる日といない日がある。
その日は在宅日だった。

「今日も来たか!練習進んでる?」
家に上がるなり、ハグ!
「頭ワシャワシャしないで!に゛ゃーー!!」
「どうせ寝ぐせ頭だろ。」
「そうだけど!だからって、やめてください。なんでそんなにご機嫌なんですか。」
「終わったんだよ、レコーディング。」

へ?レコーディング??

「大変だったー。」
「センセ、CD出すんですか?」
「そう。」

知らなかった。

「お店に並ぶんですか?それともネット販売?」
「販売はしない。」
「?」
「知り合いに頼まれてね。でも売るほど数は作らないから。」

よくわからないけど、事情がいろいろあるのね、きっと。

「冬の初めぐらいにできるよ。」

***

そして、11月1回目のレッスン日。

「CDできたよ。」

おー!本当だ!

「いる?」
「いる!」
「悪いんだけど、買ってくれる?」
「もちろんですよ。センセの中では私はまだビンボー学生なんでしょう?」
「そうかもね。」先生は苦笑した。

私はお財布から千円札を3枚出して先生に渡した。
「ありがとう。サイン入れるから袋から出すよ。」
先生、その場でささっとサインペンを走らせて、またセロファン袋に戻して、私にくれた。

おー!ホントに先生のCDだ✨
音楽雑誌の表紙みたいなジャケットだー。

裏側です...

帰宅後、早速聴いた。
すごい、先生のチェロの音だ。

私がビンボー居候学生だった頃、先生の自宅のレッスン室のグランドピアノを机にして勉強していた。
その横で先生が曲の練習していた。
先生の奏でるチェロの音が、勉強には最高のBGMだった。

その時聴いた曲がいくつか入っていた。
不覚にも泣けてしまった。


さて、レッスン。

「何だ、その演奏は?!」

無伴奏3番サラバンド。
弾くなり怒られたー😂

家で音出したときに、ヤバいな、とは思った。
思い描いたように弾けなくなっていた。

「先々週は出来上がったと思ったのに... これだからお前は...!」

弾ける時と弾けない時のムラっけがあり過ぎる、と先生にいつも注意される…。

「なんでそんなことになってるんだ?
さては、オケの曲ばっか練習してただろう!?」

ギクッ…😳

「オケじゃお前はその他大勢組なんだから、サラバンドに集中しろって言っただろう!」

…はい、言ってました。覚えてます…。

「オケ、辞めさせるぞ!」

ひー!!勘弁してください!!😭

「コードの弾き方が乱暴になってる。オケのせいか?
オケで今やってるのはモーツァルトか…そっちのせいじゃないな…あ、わかった。
前回の定演のヤツだ。

…夜は、患者に診断名付けるだろう?僕もお前に付けてやる。
『セントポール後遺症』だ。」

『セントポール後遺症』爆誕🤣

あの、セントポール組曲1楽章に出てくるフォルティッシモのコードの嵐のことか…💧

「あの曲の弾き方になってる。
薬はない。自力で治しなさい。」

はい…😂

「あと、中間部のD mollは切なく泣かせるフレーズなのに、なんでそんなに元気いっぱいお祭り騒ぎになるんだ。」

コンサートホールだから、大きく勢いよく弾かないと響かないような気がして...。

「その楽器はいい楽器なんだから、大丈夫だから!ちゃんと響くから!
僕があそこでコンサートやったときだって、今ここで弾いているのと同じ感じで弾いたけど、ちゃんとホールで響いていただろう?」

はい...そうだけど。

「楽器を信用しなさい。でもって、勇気を出して告ったけれどフラれた、みたいな切なさを表現しなさい。」

なんで師匠もオケ指揮のH先生も、音楽表現を恋愛に喩えるのが好きなんだろ?
恋愛経験ない人だっているだろうに。

「それから(まだあるんですか…)、最後の最後、息絶え絶えじゃないか。」

ですね…。

「いっつも言ってるだろ、ちゃんとブレス入れろって。6分間も弾き続ける曲なんだ、最後まで持たないじゃないか。
カッコよく決めたいfinaleのコードが息絶え絶えだなんて、格好悪いことこの上ない。」

仰るとおりで…。

ーーーーピアノ伴奏が入る曲だと、曲の間に所々チェロが休み、ピアノだけになるところがある。それで一息つくことができる。

しかし、無伴奏はチェロ単独の曲なので、一人で終わりまで弾き続けなければならない。
それを6分間は、割とバテる。
有名な1番プレリュードは勢いで弾ける。3分くらい。

だから、無伴奏はイヤだって言ったのに…😭
蓋を開けてみれば、無伴奏は私だけだしさぁ。

夕べは夜勤だった。しかも忙しかった。あんまり寝ていない。体力が持たないのはそのせいだと思う。

でも、先生はいつも
「体調と楽器の管理は演奏家の務め。
管理不足を弾けないことへの言い訳にするな。」
と言う。
言い訳は通用しない。

今の調子の先生なら、
「だったら仕事辞めろ!」
とか言い出しかねない。

それからタイムリミットまで何度も弾くが、先生はため息だ。

先生、スケジュール帳をパラパラと開いた。

「空いてる日あるかな…来週末の僕のリハは昼過ぎか…。」

とブツブツ言ってから、私に言った。

「夜、再来週は発表会本番前のリハだけど、お前ぜんぜん大丈夫じゃない。
来週末の10時、ウチに来い。補習レッスンだ。」

げー…。
せっかく久しぶりに何の予定のない週末だったのに。

「あのう...センセ。本番の日なんですけど、14時から16時までオケのパート練習あるんです。
自分の出番終えたら、間に合うように行きたいんですけど...」

先生、手帳に予定を書き込みながら、
「お前の出番は15時だ。パ練はあきらめろ。」

と、そっけない。
分かりました...欠席の連絡します...😂

終了時刻になり、次の音大生さんが入ってきたので、私は「ありがとうございました」と言って退室する。

出て行く私に、先生、背後から
「来週末、何がなんでも来いよ!」
と言ってくる。

...行きますよ。
オケ辞めさせられたくないもの。