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1月チェロレッスン1回目:演奏を避けたい曲

レッスン室入るなり、ハグですか!!
「良かったー。大事にならなくて。」
と先生。

「まず楽器、下ろさせてください。」と私。
「あー、ごめん、ごめん。」
と言って、解放してくれた。

検査で見つかった病は、今のところ大事ないと数日前チェロ師匠に電話では報告していた。

「ご心配おかけしました。おかげさまで、3月の追悼コンサートに出ることができます。」
「モツレク(モーツァルト・レクイエム)ね。良かったなぁ。」
先生が心底喜んでくれて、私もうれしい。

「コレ、ご心配をおかけしたお詫びも兼ねて、先週パラグライダーツアーで静岡へ行ったお土産です。」

カットすると富士山が現れる羊羹♪

「インスタ映えの羊羹です。見た目だけじゃなく、ちゃんと美味しかったですよ。」
「へぇー。今はずいぶんオシャレな和菓子があるんだなぁ。ありがとう。
病気は早期発見みたいだから、定期的に診てもらえれば安心だね。」
「そうですね。」

★★★★

「レッスン前にお願いなんですけど、モツレクのスコアを貸してもらえますか?
センセと一緒に練習した時はセンセのザッツがあったからどこで入るか分かったのですが、自己練習だとスコア見ないと分からなくて。」

「なんだ。前もって言ってくれれば持ってきたのに。夜が弾く新版ではないけれど、いいの?」

「いいです。見たいのは新版にしかない曲ではないので。」

「わかった。いいよ。モツレクの今回の指揮者は誰なの?」

「えっと、確かS先生です。」

「S先生?それはいいな!宗教音楽合奏指揮の第一人者と言われている人だよ。僕も乗りたかったな。」

へー。まだ会ったことないけれど、そんなスゴイ指揮者なんだ…。
先生は同日、他コンサートのトップをお願いされていて、乗ることができなくなった。久々に一緒にステージに乗れるチャンスだったんだけどな。
またいつか、ね。

「モツレクと言えば、僕とT先生(先生の先生)との出会いは、モツレクだよ。」

え、そうなんですか?

「僕が学生の時のステージで。先生がOBのトラ(エキストラ)として一緒に乗ったの。
一言も喋らないで、あの迫力でバラバラ弾いて、終わったらなんにも言わないで帰っちゃった。怖かった〜。」

あー、なんか想像できる…。

「次に会ったのが、僕がN響で仕事してる時で。チェロアンサンブルの録音の際、T先生が一緒だったの。
『モツレクで僕は貴方の後ろで弾いていました』と話しかけたら、ぶっきらぼうに『覚えてない。』って言われちゃった。怖かったよ。」

あはは!T先生らしいや。

初めて聞いたエピソードだ。
それにしても先生、今日はいつにも増して饒舌だなぁ。

★★★★

「モツレクの本番、合唱が入ったら泣かずに弾くことが難しそうです。困りました。」

と私が言ったら、先生「そういう曲、あるよね。練習で慣れるしかないよ。」と。

「僕も感傷的になってしまって弾けなくなる曲があるよ。」

「もしかして、1番プレリュードですか?」

私がバッハ無伴奏チェロ組曲1番プレリュードを先生に教わっていたときに、先生が「苦手だ」と言っていた。
弾き出せば普通に(と言っても超上手いが)演奏するので、技術的なことではもちろんないなとは思っていた。でも、事情を聞いたことはなかった。

「そう。」と先生。

「誰もが知っているチェロの曲だから、ステージで弾く機会は多いんだけどね。本番で弾けなくなっちゃったことが数回あるんだよ。」

だいぶ前の話だよ、と言って話してくれた。

その人は、先生が若い頃に初めて取った弟子だったそうだ。
大学生の彼は練習熱心だった。
厳しいレッスンによくついてきた。
年も近かったので、師弟関係だったけれどとても仲が良かった。

その彼は登山を趣味にしていた。
ある年の暮れ、彼は大学の先輩と共に雪の槍ヶ岳へ行った。
順調に登頂し下山の途中、天候が悪化。
先輩は低体温症になり、動けなくなった。
そこで彼は助けを呼ぶために先輩を雪洞に残して一人下山した。
そして、途中で行方がわからなくなった。

「捜索困難でね。発見されたのは、雪が溶けた6月だった。
彼が見つかった後、彼のお母さんが僕を訪ねてきたんだ。」

息子が見つかりました。
息子はチェロが大好きで、先生のレッスンをいつも楽しみにしていました。
山へ向かう前日も、先生にいただいた課題を熱心に練習していました。
これ、先生の楽譜ですよね。譜面台に広げっぱなしにして、息子は山へ行きました。
お返ししようと持って参りました。

…と、涙ながらにお母さんが話したそうだ。
返されたのは、先生が彼に貸したバッハ無伴奏チェロ組曲の楽譜。
彼が山へ出掛ける少し前に、そろそろ1番プレリュードをやろうかと先生が持ちかけたところ、彼は大変喜んでいたのだそうだ。

「下山後のレッスンを楽しみに練習していたんだろうね。
彼のことを思うと、胸が詰まって弾けなくなるんだよ。
本番で止まっちゃったときには、もちろんお客さんに事情を話すけどね。まぁ、言い訳だから申し訳ないし、カッコ悪いよね。
だから本番ではあんまり弾きたくないの。」

…切ない。

「センセ、もしかして私に5番を教えたくなかったのも、似たような事情ですか?」

私は何度も先生に「5番を弾かせてください。」とお願いしたが、なかなか「うん」と言ってもらえなかった。
「私の力量が足りないからダメなんですか?」と食い下がったら、先生「そうじゃない。」と言いつつ、うんとは言ってくれなかった。
私のしつこさに根負けしたのか、昨年12月から教えてもらえることになった。

先生は「まあ、そうかな…。」と言って黙り込んだ。

深刻な感じがしたので、私は慌てて「いや、別に無理に聞こうと思ってないです。」と言った。

先生は間を置いて私に言った。
「僕が何度断っても、君は教えてほしいとしつこかった。
夜がそこまで5番にこだわるのはなぜ?」

それは…。

長くなってしまったので、次回に続きます。