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27時、川崎、子母口公園まで

夜勤明けの街は鉄板の匂いがする。

埃で曇った窓ガラスを少し開けると、ピリリとした冷たい空気が流れ込んできた。
「本当、すみませんね」
グレーのスーツの男がこちらに何度も頭を下げた。
「いやいや、そちらも大変ですねこんな朝から」
PCのハードディスクがカリカリと爪で引っ掻くような音を立てていた。
全車60台分の10日分のGPSログ自体はさほど重いデータではないのだが、上がケチって買い換えないこのオンボロPCにはかなりの重労働だ。
夜勤の同僚が次々と退勤し、日勤の同僚に入れ替わっていくのを山崎は少しうらめしげに眺めていた。
「…えーと」
山崎が加熱式タバコを口にしたのを見て、目の前のスーツの男──大須賀は、いいですか、とジェスチャーした。
手振りでどうぞどうぞと勧めながら山崎は続ける。
「10日分でいいんですかね、その…連続失踪事件ってのは」
大須賀は懐から山崎と同じ加熱式タバコを取り出し、頷いた。
「とりあえず、目撃が取れてるのは10日前までの5名なので」
大きくタバコを吸い、ため息を吐くと大須賀は続ける。
「どの方も、こちらのタクシーに最後乗られてて。降りたとこから当たろうと」
なるほど、と頷き山崎は目の前のポンコツの画面を眺めた。まだデータコピーは終わらない。
「乗務員のシフト表も入れておきますね」
「ああ、助かります」
山崎は頷いて『KKタクシー10月勤務シフト』というデータもコピーした。

山崎が警察への捜査協力をしたのはこれが初めてではない。
タクシーのドライブレコーダーの映像は交通事故やひったくり、殺人犯に至るまで様々な犯罪に対する防犯カメラの役割を果たしている。
時には世間を揺るがす重大犯罪の重要な証拠物件にすらなるのだ。
山崎がタクシーの運行管理の仕事について10年、こういった依頼は年々増えているが、しかし今回のような事件は初めてだった。
KKタクシーに乗るのを最後に、人が消え失せている。しかも何人も。

(続く)

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