見出し画像

「プロレスか、女の幸せか。どっちかなんて私は嫌だな。」

自著『最強レスラー数珠つなぎ』で、レスラーへのインタビューを通じて「強さとは何か」を追い求めた、尾崎ムギ子氏。しかし、刊行から半年たたずして、ライター廃業宣言をするなど、メンタルが乱高下。それはまさにフランケンシュタイナーを喰らったがごとくで、ぶるんぶるんに振り回されていた。そんな尾崎氏にもう一度書いてもらうために、編集者が往復書簡をしかける。かくして連載は開始したが、尾崎氏の発する「女の幸せ」という言葉に編集者は違和感を覚えて――。プロレス往復書簡第三戦のゴングが今鳴り響く‼

<前回のプロレス往復書簡ンンン!!>

ムギ子さんへ

 女子校だったんですか! 私も中学は女子校でした。いや~わかります、あの感じ。逃げ場ないんですよね。風紀のI先生が忘れられません!

「靴下はくるぶしまで! スカートは膝下! ……ちょっと、あなた! リボンはキレイに結びなさい!」

 久々に思い出しました、なんであの人あんな怒ってたんだろう(笑)「私の風紀が乱れてるとあんた死ぬんか?」って剣幕でキレてましたよ、あの先生。懐かしいなあ。こういうことがあるから、なんかムギ子さんといると、おもしろいんですよ。

 私がムギ子さんと違うのは、性的なこと自体には、お互い好きであることが確認できて、相互にそれをすることに同意がとれているなら、嫌悪感はないところです。そして、私の場合、エロさを強調している同性に嫌悪感があったわけですけど、ムギ子さんはちょっと違いますね。辛いな。きっとそこにもなんかある。ちょっとその原因、思い出して書いてみて欲しいです。

 女子プロレスラーがセクシーなコスチュームを着ることも、完全にエロさ強調の話ですよね。セクシーなコスチュームを着て、それを性的な目で見られ、私のような内なるPTAのいる人には「あらやだ! 破廉恥!」と非難される。……なんだそれ! 自分が女子レスラーだったら、全然楽しくないですね。嫌だな。

 スターダムを初めて見たあの日、白川選手、ジュリア選手、飯田沙耶選手を私は性的には見てなくて(私はシスヘテロなので。2021年1月20日時点)、もうただ「なんだこの人たち! かっけーーーー!」って興奮してました。もし自分が彼女たちだったとして、同じくらいの熱量で、「やべええ!! コイツとヤりてぇえええええ!!!!」と思われるのだったら。マジで嫌です。これは、男性レスラーだって、そんなふうに性的にみられるならば、嫌でしょう。男女問わず同じかな、と思います。

 白川選手の記事(「ブレーキをかけない」プロレスラー・白川未奈さんの生き方 会社員からグラビアアイドル、そして――。ユニーク過ぎる転身を続ける”理由”)に、初めてのグラビア撮影で泣いた話がありました。それは、エロく欲望されることに泣いてたと思うんですが、その後、むしろそれを武器に最強にエンタメしたろって振り切ってるのもまた、本当にかっこよくて、私は白川選手やっぱりめちゃくちゃ推しちゃいます、めちゃくちゃ。(また白川選手の話をしましたけど、白川選手、私のことはたまたま目に入ってしまったとしても、シカトしてください。私は取るに足らない存在ですし、推しと近づきすぎたオタクはもれなく死ぬ運命にあるので、本当にすみませんが、ご勘弁願います……)

 まあそんな、エロなことに嫌悪を覚えるムギ子さんが、女の幸せを追いかけているのが、純粋に不思議ですね。付き合ったり結婚したりするなら、エロなことはやっぱり避けられないじゃないですか。

 そもそも、「女の幸せ」とかいうその価値観、私は嫌いですね。(なので、朝6時に私に恋愛しろ、子どもはどうするのとかLINEしてくるの、すみませんがマジでクソダルすぎて、著者だけど縁切ろうかなってくらい腹立ったんで、金輪際ご遠慮くださいませ)

 でも、ムギ子さんが女の幸せを求めるのは個人の自由です。尊重します。本当に応援します。心底がんばってほしいです。

 ただ、プロレスの企画通らないからって、なぜ「女の幸せ」に向かうのでしょう。WEBメディアにはプレビュー数の見込みを含めてうまく伝えてみてください。企画が通らないのはしんどいですけど、そのしんどさは、女の幸せを手にすれば解消されるんですか? 

 結婚すればライター辞められるって思ってるんですか? 結婚を機に引退しようっていうんですか? ……私が捨て身で、なんの得もないのに相撲に負けたエピソード出してまで引っ張りだしたのに! あんまりだ!

 でも。

 私にはわかりますよ。ムギ子さんはきっと、女の幸せとかなんとかを手にしたって、プロレスのことを書かずにはいられないですね。「あたしって、ほんとバカ」って、絶望して美樹さやかちゃんみたいに闇墜ちするでしょう。闇墜ちしたくせに、なんだかんだで書きますよ。

 プロレスのこと書くのと女の幸せ、どっちかなんて私は嫌だな。どうせならどっちもマジで取りに行ってほしいです。W戴冠してくださいよ。

黒田


黒田さんへ

 もう何時間も、Wordの真っ白な画面を眺めながら、手を動かせずにいます。マッチングアプリのメッセージ通知音だけが、ピコピコ虚しく鳴り響いています。

『最強レスラー数珠つなぎ』の中で「男性に嫌悪感を抱いてしまう」と書いてから、「レズビアンなの?」と何度か聞かれました。そうではないんです。恋愛対象は男性ですし、友だちも男性のほうが圧倒的に多いです。男の人ってかわいいし、いとおしい生き物だと思っています。

 でも性的なことになると、途端にダメ。どんなに好きな相手とでも、性行為をすると自分を汚く感じて、「お母さん、ごめんなさい」と思ってしまう。わたしはたぶん、母にとって、ずっとピュアな子供でいたいんです。

 母のことを「毒親」と言った人がいます。でも母は、過保護でも過干渉でもありません。勉強しなさいとも、いい子でいなさいとも言われたことがないし、もちろん虐待することもなく、過剰に愛を与えすぎることもなく、いい距離感でわたしを育ててくれました。優しくて、明るくて、いつも笑わせてくれる母のことが大好きです。心から尊敬していて、母のような女性になりたいと思う。

 母は父以外の男性とお付き合いした経験がない、とてもピュアな人です。だからわたしも、ピュアでありたい。精神的にも、肉体的にも。そういう自分を、母に見てもらいたいんです。間違っているかな?

 朝6時に、「恋愛したほうがいい」「子供を産みたいなら早いほうがいい」といったお節介なLINEを送ってしまい、ごめんなさい。わたしは26歳でライターになってからずっと、本を出版することだけを夢見て生きてきました。結婚なんてどうだっていい。子供なんていらない。心底、満足のいく本を一冊書ければ、もう死んだって構わない――。

 でもね、夢が叶ったいま、ときどき思うんです。違う生き方もあったのかなって。後悔しているわけではありません。ただ、若い頃にちゃんと恋愛して、結婚して、子供を産んでいたら、違う幸せもあったと思うんですよ。セックスするたびに「お母さん、ごめんなさい」なんて、思わない自分になっていた気がするんです。

 黒田さんのことが可愛くてしかたないから、後悔の少ない人生を送ってほしいから、お節介を焼かずにはいられませんでした。堪忍ね。

 プロレスの話に戻しましょう。FREEDOMS後楽園ホール大会は、稀に見る神興行でした。正岡大介選手は、とても思い入れのあるレスラーです。

 5年前、一度だけインタビューしたことがあります。記事を書いている最中、正岡選手の生霊が憑依したかのようにデスマッチの痛みと恍惚を感じて、書き終えたとき、わたし失神したんですよ。粗削りですが、いまでもあの記事に一等賞をあげたい(端整なルックスに飛び散る鮮血、若きデスマッチファイター正岡大介の素顔)。つらいときに読み返しては、もう一度あの感覚を味わいたい、そのためには書き続けなければいけないと、自分を鼓舞しています。

 長期欠場から復帰して間もない正岡選手は、この日、決して万全な状態ではなかったと思います。それでも、かつてないほど“キチガイ”なファイトを見せてくれて、「デスマッチで生きていく」覚悟を感じました。わたしも、本当の意味でライターで生きていく覚悟が決まったら、また正岡選手にインタビューしたいです。

 そのとき初めて、“女の幸せ”ではなく、“わたしの幸せ”を掴めるような気がしています。

尾崎ムギ子


ムギ子さんへ

 果たしてこれは大丈夫だろうか……。場内は静まり返っています。

 トップロープからダイブ。そのときあなたは、鉄柵に頭をぶつけてしまった。受け止めきれず、私もまた、鉄柵に後頭部をしたたかにぶつけました。ふたりとも床にのびている。そんな感じになっています。

 プロレスの話に戻しましょう、とありますが、これは何事もなかったかのようにスルーできないですね。

 読者のみなさん、大丈夫ですか? 驚いてませんか? すみません、驚かせてしまって。でも、私たちは大丈夫です。

 私は、編集者として書いてほしかった、ムギ子さんが自身の人生を語る「ムギ子パート」を引き出すことに成功しました。しかし、想像以上にすごいものを引き出してしまいました。読んでいて辛いところも、ドン引きなところもあり、どうしたらいいのか。肯定も否定もできない。赤字入れて直してもらってどうこうなるもんじゃない。目を背けたくなる、祟り神様のような何か。ジェンダー規範という檻のなかに閉じ込められて練成されてしまった、未熟な巨神兵……。

 前々回のムギ子さんの言葉を借りて、「一体、いつの時代の女性観ですか!」と、私は叫びたい。しかし、その言葉を叫べば、さらにムギ子さんにキェェエエエエエと火を吹かれて、焼き払われてしまいそうだ……。

(ムギ子さんには見えない心の声:まどマギのさやかちゃんに言及したからって、一気に魔女にならんでもええやん……この連載、まだ3回目なんだけど)

 さて、ここで私は、編集者としてどんな手が打てるのでしょうか。2パターン思いつきます。

⑴あなたは間違っていないと肯定するストーリーライン
⑵あなたは間違っていると否定するストーリーライン

 この2つです。

 でも、私はどちらも選ぶことができないのです。どちらの選択肢が、より、ライター尾崎ムギ子を輝かせるのかがわからないのです。選べないのです。

 だから、私はこうすることにしました。特殊能力を発動させて、世界を分岐させます!

 私たち編集は、こと、文字の世界においては、色々な能力を発動することができるのダァアア!
 
 ここから、物語は二手に分かれます。

 一つは、ムギ子さんと私がこのまま、「ガンプロみたい!」と評価されながら往復書簡を続ける世界線。

 もう一つは、強い女たちに話を聞きに行く世界線。

 えっ? 意味わかんないですか? 大丈夫です、私も意味わかんないです。

 でも大丈夫です。いつもそうだけど、大丈夫なんです。

 よし、行きますよ~! ムギ子さんもみなさんも、そのまま掴まっていてくださいね。

 あなたは書くだけです、読むだけです。(いや、時にはそうとは限らないのだけれども)

黒田

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?