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「女子の髪切りマッチについては、実は憧れがあります」

ライターとしての道に迷い、新たなフェーズに進めずにいた尾崎ムギ子。そんな尾崎氏の著書「最強レスラー数珠つなぎ」を読み、また書いて欲しいと願った編集者。敗れ、迷い果て、なけなしの自尊心をなんとか拳に握りしめて生きながらえる二人は、強くなりたい一心でこの連載を始めることになる。連載は順調に回を重ねているかに見えたが、歯車は少しずつ狂いだして――。果たして「プロレス往復書簡」第5戦のゴングは鳴るのか?

前回の「プロレス往復書簡」

黒田さんへ

 この連載を始めたとき、ノンフィクションライターの長谷川晶一さんがこんなツイートをしてくださいました。「ライターと編集者の幸せな関係。この関係はこれからも続くのか? 同時進行ドキュメントの醍醐味。」――。

 敬愛する長谷川さんに記事を読んでいただけたこと、しかもツイートまでしていただけたことが、ただただ飛び上がるほど嬉しくて、わたしはこのツイートの意味を深く考えることをしませんでした。わたしと黒田さんは似た者同士でとても仲がよく、ふたりの幸せな関係が、まさかこんなにも早く、脆く崩れていくなんて、想像だにしていなかったんです。

 きっかけはなんだったのか。わたしが“女の幸せ”とやらを求め始めたこと(および“女の幸せ”というアナログな表現)だったのかもしれないし、朝6時に「恋愛したほうがいい」「子供を産むなら早いほうがいい」といったハラスメントLINEを送ってしまったことだったのかもしれません。とにかくわたしたちの関係は次第にギクシャクしていき、一緒にプロレスを観に行っても、帰りにビール一杯飲むことすら避けるようになりました。そして前回の手紙で、わたしが「黒田さんは男性を敵視している」と書いたことで、修復できないほどこじれてしまった。わたしから「もう続けられません」と言いました。

 それから一週間、寝ても覚めても、黒田さん、あなたのことばかり考えていました。わたしの書く文章をまた読みたいと言ってくれた黒田さん。言い訳ばかりして書かずにいるわたしに「一緒に書きましょう」と往復書簡を提案してくれた黒田さん。わたしの本音を引き出すために元彼との辛い思い出を綴ってくれた黒田さん。「あなたは書くだけです」とだけ言い残して某WEB媒体の連載を決めてきてくれた黒田さん。黒田さん、黒田さん、黒田さん……。ああ、でもわたしはどうしても、「ごめんなさい」のひと言が言えません……。

 そんなある日、Twitterに見知らぬ人から一通のDMが届きました。差出人は、今田哲史さん。「タートル今田」名義で活躍されていた元AV監督さんで、いまはドキュメンタリー映画の監督をされている方です。なんと、プロレス往復書簡のファンとのこと! 来月公開される映画『迷子になった拳』をぜひ観てほしいとのこと!

 前回、わたしはデスマッチについてこう書きました。

「しかしそんな”デスマッチファン過激派”な時期を過ぎると、『蛍光灯1本の闘いが一番美しい』と感じるようになります。いやむしろ、凶器を使わなくたっていい。血を流さなくたっていい。それはもはやデスマッチとは呼ばないかもしれないけれど、デスマッチファイターがデスマッチスピリットを持ってリングに上がる限り、その試合はきっとデスマッチなんです」

 この箇所について、今田監督は「デスマッチでなくては物足りなくなっていた自分、過激さの行き着く先にはなにがあるのだろうか?と考えていた自分に刺さった言葉」と言ってくださいました。

 涙が出るほど嬉しかった……。“過激さの行き着く先”についてはわたしもずっと考えてきて、悩んで悩んで、ようやく書けたことだったんです。短くて、とくに新鮮味もない言葉だけれど、伝わった……。黒田さんが用意してくれたこの往復書簡を通して、わたしは「伝わる」ことの喜びを思い出すことができたんです。そしてそのことを一番に伝えたいのは、もちろん黒田さん、あなたです。

『迷子になった拳』は、ミャンマーの伝統格闘技・ラウェイを題材にしたドキュメンタリー。ラウェイについて、映画の序盤で元ムエタイ王者・小林聡さんがこう評します。「日本では落ちこぼれがやる格闘技」――。

 “地球上で最も危険な格闘技”と言われるほどに危険。それなのに勝てば有名になれるわけでも、お金になるわけでもない。キックボクシングで成り上がれなかった選手が、最後に行き着くリングとも言える。そこに挑む日本人選手や大会関係者たちを描いたのがこの映画なのですが、もうね……目を覆いたくなるほど、人間の欲とか、汚さとか、カッコ悪さとかが、大集結してるんです。いい人は報われないし、ハッピーエンドにもならないし。でもね、人間ってホントこんなだし、人生ってホントこんななんですよね。そういうリアリティーを突き付けられたとき、自分に対して「腹くくって生きろ」と思いました。

 黒田さん、わたしはこの連載を続けたいです。

尾崎ムギ子


ムギ子さんへ

 その日もべろんべろんでした。売り言葉に買い言葉の不毛な応酬を、LINEで繰り広げましたね。その後私は、最低にもムギ子さんへの批判をツイート、さんざん悪態をついたのち、気が付くと意識を失い、寝ておりました。目覚めてまず、前の晩に起きたことを思い出し、青ざめました。


「ああ、こんな終わり方してしまうのか」

 酔っぱらっていようがいまいが最低です。酔っぱらっていないときに話したほうが良かった。でも、私は毎日酔っぱらっているのです。

 正直、疲れ果てていましたよね。「ルール無し何でもあり」だけ取り決めて文章を送りあい、不信感を抱きあい、状況は悪くなるばかりで、でも〆切は隔週でやってくる。

 書く人は、いつもこんなにも身を削って書いているのか。この連載をやって、初めて気がつきました。読んでもらわねば、読ませる文章にせねば、面白い展開にしなければ――。どんどん技の危険度が上がり、エスカレートしていくかのような。受け止めるにも、受け止めきれない。というかそもそも、受け止めてもらえるように私は書いていたでしょうか。

 私も、ムギ子さんのことばかり考えていました。謝らないとな、絶対謝りたくないな、謝ってまた話したいな、謝ったってどうせわかってくれないよ、いやいや謝らなきゃわかってもらうも何もないな、でもなでもな。毎晩酒気帯びで思考が堂々巡りでした。
 
 酒をやめようと思いました。

 酒を飲まなかった次の日の昼間。ようやくクリアになった脳みそで、禁酒を始めたこと、反省していること、一度話し合いたいこと、をお伝えしました。もう返事をいただけないだろうなと思っていたので、返事が来たときは、安堵して机に突っ伏してしまいました。私は「最強レスラー数珠つなぎ」を2年前に泣きながら読みました。泣きながら読んだ本の著者が、こうして書くことに応じてくれたこと、そんな大切なことをいつしか忘れていました。
 
 私がムギ子さんに謝れない間、ムギ子さんの励ましになってくださった今田監督には、本当に感謝いたします。「迷子になった拳」、私も拝見しました。身につまされながら、情けなくて泣きそうになりながら……。しょうもないけど、やっぱり生きていくしかないんですね、やるかぁ人生。「腹くくって生きろ」ですね。

 しばらくは酒を断ちます。それが禊かなと思っています。
 酒がないと時間がなかなか過ぎず、夜が長いです。時間はあれども実のあることはできず、色水を移し替えるゲームを延々とやっています。レベル329に到達してしまいました。

 ああ怖い、これ、おもしろいですか? 今これ、おもしろいですか? 酒飲まずに書いてますが、これ面白いですか? 飲んだら、もっと面白く、速く、書ける気がするから怖いですね。よし、ちょっとまた色水入れ替えて、不安を解消してきます。

 ムギ子さんとLINEのやりとりでこじれにこじれるその直前、「往復書簡、次はジュリア選手と中野たむ選手の敗者髪切りマッチに触れましょう!」と私は投げかけていました。両選手はこんなことを言っています。
 
「女の命、髪の毛を賭けれるのか?」
「丸坊主になって宇宙一不細工なアイドルレスラーになったってかまわない」

 ジュリア選手も中野たむ選手も好きなので、嫌な思いをしてほしくないです。某アイドルがスキャンダルの謝罪で、丸坊主にして泣いていた姿を思い出して、すごくつらいのです。私が丸坊主にするわけじゃないのに、悩みに悩んでいます。

 昔、アイコニックという歌手がデビューしました。まさに丸坊主のスタイルでした。しかしながら、当時の固定観念はあまり覆されなかったと、記憶しています。

 でも! 今なら、受け入れられるんじゃないか? スタイルとして打ち出せるのではないか? どちらかが負けて丸刈りになることは決まっていますが、丸刈りになって涙を流すとは限らない。どちらかの目から涙が流れないことを祈りながら、でも流れたとして、私は全肯定していきたいです、カッコいいぞって! 固定観念ぶち壊してほしいです。あの二人ならそれができるって、思っています。

黒田


黒田さんへ

 先日は話し合いの場を設けていただき、ありがとうございました。会う前は気まずくて死にそうでしたが、会ってしまえばゲラゲラ笑いっぱなしで、気づいたら5時間が経っていましたね。

 あの後、わたしも“色水を移し替えるスマホゲーム”を始めました。なんというか……あのゲームでレベル329までいくって、相当病んでいる気がしますが大丈夫ですか? でも、「お酒を断つために“色水を移し替えるスマホゲーム”を始めてレベル329までいっちゃう黒田さん」は可愛すぎるし、やっぱり愛さずにはいられません。(ちなみにわたしはレベル10でそっとアンインストールしました)。

 3月3日、スターダム日本武道館大会、楽しみですね! また黒田さんと一緒にプロレスを観に行けることになって、本当によかったです。

 女子の髪切りマッチについては、実は憧れがあります。『1985年のクラッシュ・ギャルズ』(柳澤健/文藝春秋)に、1985年8月28日、大阪城ホールで行われた長与千種さんとダンプ松本さんの髪切りマッチの模様が書かれているんです。以下、一部引用します。

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 観客席を埋め尽くした一万人の少女たち全員が号泣しながら「やめて!」「やめて!」と絶叫する中、植田信治全日本女子プロレスコミッショナーは無情にも「試合前のルールに基づき、KO負けを喫した長与千種に髪切りを行う」と改めて宣言しました。
 顔面を血に染め、首に鎖を巻かれ、右手をブル中野に、左手をモンスター・リッパーに押さえつけられた千種の髪に、ついにレフェリー、ホセ・トーレスのハサミが入りました。
 続いてダンプが容赦なく電気バリカンを入れ、観客やカメラマンによく見えるようにと千種をロープ際まで持って行き、そこでさらにバリカンを入れていきます。
 千種は観念したように目を閉じています。
 観客席の少女たちは怒りと悔しさで全身を震わせつつ、抗議の絶叫を繰り返すことしかできません。
 髪切りの儀式が終わると、ファンの怒号を跳ね返すように竹刀を振り回しつつダンプが退場し、続いて頭にタオルをかぶせられた千種が、ライオネス飛鳥、ジャガー横田、デビル雅美と共に退場していきます。
 敗者を見送る十五歳の私は泣き叫ぶこともできず、ただ涙を流すばかりでした。
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 この本はわたしにとって聖書です。いつかこんな文章が書けたら、死んだっていいとずっと思っています。そしてその文章は女子プロレスについてであってほしいと、心のどこかで思っているんですよ。

 ジュリア選手と中野たむ選手が髪切りマッチをやると聞いたとき、もしかしたらそのときが来たのかも、という期待がこみ上げてきました。「死んだっていい」と思える文章がいまのわたしに書けるとは到底思いませんが、なんでしょう、一歩近づけるかもしれないという期待……。女子プロレスに熱狂して、記事を書き、燃え尽きて死んでしまいたい、という破滅願望……。いや、本当に死にたいわけではないので心配しないでほしいのですが、物書きの端くれとして、わたしも生意気にそんなことを夢見たりもするわけです。

 いまの時代、女子の髪切りマッチは世間にどう映るのでしょうか。批判もあるかもしれませんが、わたしにとっては特別な一戦になりそうです。

尾崎ムギ子


■映画『迷子になった拳』http://lostfist.com/

3月26日(金)より渋谷ホワイトシネクイントほか、全国順次公開!


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