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弱者の闘牌

昨今「麻雀」が非常に話題になっている。もちろん、悪い意味で、だ。何やら検察の偉い人が新聞記者と「賭け麻雀」をしていたのがバレたらしい。これについては関係各位、マスコミ含めてなんというか、裏切り者ばっかりだなぁと思うばかり。信用が大事な商売の人達が全員信用を無くすことをやっているなぁという印象。

私は「麻雀」というゲームが大好きだ。もちろん、金銭を賭けての麻雀などしない。そもそも賭けるようなお金が無い。

元々、社会人になってからはメンツが集まらないのでほとんどやっていなかったが、去年あたりから会社で何人かできる人を見つけたので、月に1、2回の頻度ではあるが、最寄りの雀荘にセット(4人で行くこと)で入って遊んでいた。何度でも言うが、金銭などは一切賭けはしない。賭けるのはプライドだけだ。

だが、ここ数か月はコロナの影響でそもそも出社すらしていないので、会社の人とは打っていない。だが、麻雀をやっていないかと言われれば、全然そんなことはなく、ネットゲームで遊ぶことが多い。

私が麻雀をやりはじめたのは、中学生時代だ。同じ塾に行っていた友達と4人で、漫画の影響でやりはじめた。最初はルールもおぼつかない中だったが、初心者向けの手引書を4人で回し読みしながらやり始めた。

そのため「麻雀歴」としてはキャリア20年ほどになるが、その間全く打ってない時期も相当あるので、ぎゅっと縮めると10年くらいだろう。

さて、10年もやっていれば、そこそこ強くなるかと思われるだろうが、そんなことは全く無い。私は相当に麻雀が弱い。圧倒的な弱者だ。

運が悪いとか、技術が無い、というのも要因なのかもしれないが、個人的には、ただ単純に「やりたいことをやってしまうから」だと思われる。

麻雀は運のゲームという印象が強いが、もちろん技術や知識が介入する部分も多いにある。だが、それ以上に「理不尽」なゲームだ。どれだけ強い人でも絶対が無い。だが、強い人は勝つために「我慢」をする。「理不尽」を受け入れ、どんなに自分の手が良かろうと、グッと我慢して、自分を押し殺して降りることも必要になる。やりたいことをやっているだけではいけないのだ。

その「我慢」が私はなかなかできない。故に弱者。

相手にリーチがかかっていても手が良ければ押したくなるし、ドラがあれば捨てたく無いし、テンパイしたら勝負に行きたくなる。要するに、誘惑に弱い。

だが、麻雀は面白い。負けたらそりゃ悔しいが、面白いのだ。

スヌーピーの漫画の中に出てくる有名な言葉でこういうものがある。

「配られたカードで勝負するしかないのさ、それがどういう意味であれ」

人生をポーカーに例えて言っているのだが、これは非常に深い言葉だと思う。あのビーグル犬はたまに良いことを言うのだ。これは、決して「諦めろ。現状を受け入れろ」ということではなく、持っているものを理解し、活かして抗え、という意味だと私はとらえている。

だが、正直、これを私自身の人生に置き換えてみると、あまりにも無慈悲だ。背も低く、顔も性格も良いわけではなく、大富豪の家庭に生まれたわけでもなければ、突出した才能も無い。そんな私が配られたカードで勝負をするというのは、少々難しい。

だが、麻雀なら違う。麻雀は配牌(最初に配られる13牌)だけでは勝負は決まらない(決まることも無いとは言い切れないけれど)。1牌づつツモを重ね、最終的には約18枚の牌を手配と入れ替えながら手作りをしていく。要するに、やり方によっては最初に配られた13牌を全て入れ替えることだってできる。全く見どころの無い配牌でも、ツモによっては凄い手になることだってある。逆に、どんなに配牌が良くても、クソな牌ばかり引いてきてしまうと、どうにもならないのだが、希望があるだけマシだろう。

もしスヌーピーが麻雀をやったら、それはそれで素晴らしい名言を生み出してくれそうだな、なんて思ったりもする。

そもそも生きていたり、働いていたりすると、理不尽なことなんか腐るほどある。騙されたり、裏切られたり、自分の力ではどうにもならない大きな流れにもみくちゃにされたりもする。今回のコロナの状況も、相当に理不尽だろう。

「だったら遊びの時くらい理不尽を感じたくない」と思いそうなものではあるが、麻雀にハマってしまうと、その「理不尽さ」「ままならさ」がたまらなく面白いのである。これはもう、わかってくれ、という他にはない。

そんな「理不尽」の連続をグッと耐え、1牌づつツモを繰り返して、相手の当たり牌を止めつつ、なんとかして和了を目指す。そんな泥臭いゲームが、私は大好きなのだ。

だから、ここ最近の「理不尽」な状況も、きっとなんとかなると思える。最近はクソなツモばっかりだが、もしかするとこのあとドラを連続で引くかもしれないのだから。

緊急事態宣言も解除され、少しづつ世の中が回り始める。今が何本場なのかは皆目見当もつかないが、私は私で弱者の闘牌を続けていくしかないのだ。






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