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物語のタネ その伍『宇宙料理人 #6』

俺の名前は、田中雅人。
50歳の料理人。
日本人初の宇宙料理人として、国際宇宙ステーションで様々な実験を行う宇宙飛行士の為に食事を作るのが俺の仕事だ。

宇宙飛行士のリーダーでもある生物学者のフェルナンド、コオロギを宇宙ステーションで養殖するそうだ。
ゲッ!と思ったが、考えてみればイナゴ食べるしな、長野では。
それに、エビだってよく見たら虫みたいだよな。
シャコなんて、完全に虫だ、しかもムカデ的な。
でも、それを見て美味そうだ、と思うんだからな。
人間というのは適応能力があるもんだ食に対して。
というか、多分こんなに多様な食材を食べるのは人間だけだろうからな。
地球の生物一の食いしん坊、ということだ、人間は。

そんなことを思いながら、フェルナンドの白い粒を見ていると、
「お、マサ、昨日のポークはいけてたよ」
ふわふわっと、ソムチャイがやってきた。
ソムチャイはタイ出身、元ボディービルダーで人体科学者である。
実験道具は自分の身体。
もう、生きているだけで実験だね。
「何を見ているんだ?」
「あ、これ?フェルナンドがこれから育てるコオロギの卵」
「お、コオロギか、懐かしいな、昔は結構食べたよ」
「え、そうなの?」
「タイでは、虫を食べるのは結構普通だよ。特に私の出身地である東北地方ではね。まあ、バンコク出身の都会っ子達には抵抗があるようだがね。でも最近はバンコクにカッコいいレストランも出来たらしいよ。日本人は食べないのか?」
「いや、日本もイナゴや蜂の子を食べたりするよ。長野とかでね」
「おー、長野、昔冬のオリンピックをやったところだろ?」
「そうそう」
「私の出身のタイの東北地方や北部では、虫は貴重なタンパク源だったのだよ。私はタンパク質にはうるさいよ」
そう言うと、ソムチャイは胸の筋肉をピクピクさせた。
「そうなんだよ、マサ。虫は未来の人類にとってのタンパク源なんだよ」
とフェルナンド。

彼の説明によると、人口が増え続ける中で、将来的には今の様な牛や豚などの肉からではタンパク質を人類に充分供給出来なくなってしまうらしい。で、そんな肉に代わって人類のタンパク源となるのが昆虫だと。
あと、昆虫を育てるのは、牛や豚を育てるよりも環境に優しいのだそうだ。
人口は増え続けている。
確か俺が子供の頃は世界の人口は45億人だったな、で、今は75億人。
人類誕生を何人にするかによっても期間は違うが、少なくとも1万年以上かけて45億人になったものが、たかだか40年で1.7倍弱に。
すごいスピードだな。
地球という星がどのくらいの包容力を持って俺たち人類を包んでくれるのかは分からないが、フェルナンドの夢の火星行きだって、単なるロマンというよりはもっと切実なものになるかもな。
そして、我々が生きていくためのエネルギー、食べ物についても。
「ソムチャイ、タイでは昆虫をどうやって食べるのがポピュラーなんだ?」
とフェルナンド。
「そうだね、一番一般的なのは、油で揚げるだね、で、塩味で食べる」
「庶民の味、って感じか?」
「そうね、屋台とかで売っているよ。私の出身のタイの東北地方や北部は、正直、タイの中では貧しい地域でね。昔からそんな地域の貴重なタンパク源として昆虫を食べたってのがバックボーンとしてはあるんだ。」
「そうなのか。で、美味いのか?」
「食べ慣れている人にはうまいよ。というか、フェルナンドはコオロギを養殖しようとしているのに食べたことはないのか?」
「うん、そうだな、私はバーベキューマニアだからな。どうしてもタンパク質はビーフから採れと脳が命令してくるんだよ」
「なんだそれは。そんなんじゃ、美味しいコオロギを育てられないぞ」
「ま、私は生物学者で酪農家ではないからな」
「ダメダメダメ、食わず嫌いは。それに、人間、美味しさには勝てないんだよ。美味しいの誘惑こそが未来への道を切り開くんだよ」
なるほど、そうだよね。
昔、インディージョーンズで、猿の脳みそを食う場面があったな。
普通の時に猿の脳みその話をされたら、ゲーって感じだろうけど、なんか美味そうに見せられるとね、食ってみようかなとか一瞬思ってしまったもの。

「まあ、ほら、美味しくするのは、マサの仕事だよ」
え、俺の?まあ、確かに最終的に美味しいを作り出すのは料理人の仕事だ。「おー、そうだ、我々には頼もしい料理人がいたね」
俺はちょっと想像してみる。
火星に向かう宇宙船の厨房にいる俺を。
厨房の隣にはLEDを光源とした農場があり、そこにはレタスに人参にジャガイモが育てられている。
そして、その野菜達の向こう側には巨大なケース、ちょっとそこのところのイメージがまだうまく出来ないが、とにかく、そこにはコオロギ達がいる。それを、こうつかんで出して、手でキュッキュッと⁈身の締まり具合をチェック。
高級日本料理店の生け簀みたいなものだな。
イイ感じのものを厨房に持ってきて、バターを敷いたフライパンに入れて軽くソテーすると、なんともイイ香りがして来て、、、
うん、まあ、完全にイメージ出来たかというとそうではないが、こういう世界がもうすぐ来るかも、ということだな。

しかし、ソムチャイが言っていた様に、美味しいの誘惑が未来への道を開く、は確かにそうだ。
それと同じように美味しいの誘惑が未来を閉ざすこともある。
人間の美味しいの誘惑の犠牲となり、絶滅したり絶滅の危機に瀕してる生き物もいる。
人間は、いや、人間だけではなく、生きているものは生きていく為に、何かしらの命を頂かなくてはならない。
その時に、少なくとも美味しかったー!と思われる様にすること。
それは何かしらの供養になるのかはわからないが、とにかく、俺たち料理人は、美味しかった!を作ることに全力をかけるしかない。
なんてことを考えながら、ふと視線をコオロギの卵の白い粒に落としてみる。

だめだ、佃煮しか思いつかねー!修行が足りんな、俺!

そんな俺を見て、ソムチャイが
「マサ、タイじゃ食べられないような美味い料理を楽しみにしているよ」
と両目をつぶった。
ソムチャイ、お前もウィンク出来ないんかい!


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