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物語のタネ その伍『宇宙料理人 #7』

俺の名前は、田中雅人。
50歳の料理人。
日本人初の宇宙料理人として、国際宇宙ステーションで様々な実験を行う宇宙飛行士の為に食事を作るのが俺の仕事だ。

ソムチャイ、フェルナンドと3人で、コオロギの卵を前にして未来の人類の食糧事情とレシピに想いを馳せていると、

「ボンジュール、マサ。昨日のジャポンバーベキューは美味しかったよ」
ゲイリーがくるくる回転しながらやって来た。
「はい、記念撮影。こっち向いて」
3人それぞれ手を取り合い、グッと引き寄せ合い固まると、
「あ、いいね」
パシャリ。

ゲイリーはアーチスト。
宇宙空間での実験のジャンルは何も科学に限ったことではない。
文系というか文化的なこと教育的なこと、そしてアートの世界も対象になるのだ。
ゲイリーは宇宙空間というものがアーチストにどんな刺激やインスピレーションを与えるのか?を自らの才能をかけて実験するのだ。
ソムチャイの肉体といい、今回は自らが実験体となるメンバーが多いな。
俺の料理を食べるという、まさに人体実験も行うわけだけど。
俺はアートのことはわからないが、この写真が何かの作品の一部になるのだろうか?
出来上がったら見にいきたいものだ。
「ゲイリー、その写真は何かのアートに使うのかい?」
「いや、単なる記念撮影だよ」
あ、そ。
「ゲイリー、君そう言えば、昨日ポークバーベキュー食べていたよね」
ふと、思い出したようにソムチャイが。
「うん、美味しかったね」
「君が生まれた国、ソマリアってイスラム教なんじゃなかった?」
と、フェルナンド。
「そうだよ。ただ、うちは無宗教だったんだよ」
「そんなこと許されるの?」
とソムチャイ。
「まあ、肩身は狭かったけどね。うちの両親は国際結婚でね。お父さんの方はイスラム系、お母さんの方はユダヤ系という、よりによってな感じだったのよ」
「それは揉めるね」
日本だって、関西と関東の人が結婚したら、お雑煮はどちら風でやるのか?実家を巻き込んでの大騒動になるところだってあるんだから、宗教となるとこれまた、
「そんな大障害を超えて結婚したんだから、ゲイリーのパパとママは本当に深く熱い愛で結ばれていたんだね〜」
フェルナンドが学者っぽくない潤んだ眼差しで空間を見つめる。
「そうね。で、両親は結婚する時に決めたんだって、無宗教になろうって。で、その二人の子供が僕だから。オールフリーです」
「そんなこともあるんだねー。それはアーチストとして自由がよかったって感じ?」
「アートをする上で、宗教が邪魔になるってことは無いとは思うけどね。宗教は文化でもあるから、そこには脈々と流れる歴史も、その精神世界がもたらす刺激やインスピレーションもあると思うよ。事実、僕もイスラムに限らずだけど、宗教的な話を聞いたり作品を見て閃きを感じることもあるしね」
「ふーん、そうなんだ。で、フランスに移ったんだよね。移ってよかった?」
「よかったよ」
「やっぱり。芸術の国だもんね」
「いや、ご飯がしっかり食べられるってことがだよ」
「えっ」
「僕が生まれた頃、いや、そのずっと前から、ソマリアは常に内戦状態だった。今だって国は安定していないよ。テロも多いし」

確かに、そうだ。
俺は世界情勢に詳しいわけではないけど、そんな俺でも、ソマリアって内戦がずっと続いているよなってことは知っている。
ゲイリーによると、ソマリアは歴史上においてはアラブやインド方面とアフリア西部を繋ぐ海の交易路の主要中継地点の一つで、14世紀あたりはかなり栄えた地域だったそうだ。
そんな国が植民地になり、そして独立して内戦。
歴史的にはよくあるパターンだが、本当の意味で植民地になったことがなく、そして内戦によって人々の生活が壊されるという、経験の無い日本人としては頭では理解しようとは思うが本当の意味での実感はなかなか湧かない。
「内戦ってのはさ、悲惨だよ。同じ国の人がさ、憎しみあって殺し合うんだから。そんな状態で1番の犠牲になるのは日常生活。教育や食べること。そう、食べることが当たり前じゃないんだよ。ってわかる?」
うーん、思わず黙り込んでしまう、俺たち3人。
「食べなきゃ死んじゃうじゃない、当たり前だけど。それが、ままならないっていうね」
「俺もタイの貧しい村の出身だから贅沢なことはしてこなかったけど、ひとまずは食うことは食えていたからな。ゲイリーのその状況は想像を絶するよ。何より内戦状態ではなかったしな」

生まれた頃から庭でバーベキューの匂いが漂っていたであろうフェルナンドと、近所のスーパーに行けば食べたいものが何でもすぐに買えた日本に育った俺は、何も言えなかった。
「だからね、お腹が空いたらご飯が食べられるんだってこと。そして、みんなでいろんなことを話したり、美味しいねこれって言い合ったりすること。これってなんて素敵なんだーって思ったよ、10歳ながらね。もうそれから結構経つけど、やっぱりその時の思いはずっと僕の心の底にあるね」
静かにそして何度もうなずく俺たち。
「だから、マサ、昨日の夜もすごくHAPPYだったよ」
と、片目をつぶるゲイリー。

あ、君はウィンク出来るのね。



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