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物語のタネ その伍『宇宙料理人 #9』

俺の名前は、田中雅人。
50歳の料理人。
日本人初の宇宙料理人として、国際宇宙ステーションで様々な実験を行う宇宙飛行士の為に食事を作るのが俺の仕事だ。

今、ソムチャイ、フェルナンド、ゲイリーと4人で、美味しいって何なんだ?という話をしている。
その時、ふと俺は以前フェルナンドが話してことを思い出した。

「フェルナンド、そう言えば、以前火星への有人旅行において、ネックとなるのが食糧だって言っていたよね」
「そうだね、3年かかるからね。このISSみたいに物資を定期的に補充するってことが出来ないからね」
「あ、そうか」
この話を初めて聞くソムチャイがうなずく。
「フェルナンドは、それには宇宙船内での自給自足が不可欠だな、と。で、生物学者になったそうだよ」
「え、そうなの?」
これまたこの話を初めて聞くゲイリーが、驚きながら笑って言う。
「3年かあ。ねえねえ、フェルナンドは3年間バーベキューリブを食べずに過ごせる?」
「無理だね」
即答するフェルナンド。
「だよねー。宇宙食ってさ、昔に比べたら格段に進化したと思うけどさ、やっぱり、制限あるじゃない。昨日はマサのまさかのマジックがあったけどさ」
いやいや、ゲイリーお気遣いありがとう。
「僕たち宇宙飛行士はさ、仕事だと割り切っているけど、それでもやはり美味しいもん食べないと人間、どこかいかれちゃうんじゃないってことで、今回マサが乗っているわけじゃない。何年も訓練を受けた僕たちでさえ」

うん、確かに。
単に栄養を摂れば良いってことであれば、完全に科学の力でなんとかなるし、俺は要らないものな。
「それが、宇宙旅行となると、一般の人じゃない。そうなると、美味しい食事って不可欠だよね。なんと言ったってさ、旅行に美味いもんは欠かせないでしょ」
「確かに」
大きくうなずくフェルナンド。
「私もお客として乗っていて、3年間バーベキューリブが食えなかったら暴動を起こすな」
「私も体を鍛える気が失せますね」
ソムチャイ、基準がそこなの?
さすが元ボディビルダー世界一。

「だからね、ふと、思ったんだけど、フェルナンド。自給自足を目指しての研究って言うならさ、何が宇宙で自給自足出来るか?じゃなくてさ、宇宙で何を食べたいか?その為には何を自給しないといけないのか?って言う考え方をするべきだと思うんだよね」
おー、ゲイリー、仰る通り。
まあ、俺たち料理人はプロとして、ある材料でどう美味しいもんを作るか?ってことに挑戦しないといけないと思ってはいるし、今回の俺の実験のメインテーマもそれだけど、「人とメシ」って言うシンプルな視点に立って考えると、そうだよね。
「持っていけるものも作れるものも物理的に限られている宇宙船、さて、何を持って行くべきか?」
ゲイリーがニヤニヤしながら言う。
「まるで、食べ物のノアの箱舟だね」
ソムチャイもニヤニヤして言う。
みんな食べ物の話、好きなのね。
「じゃあ、どう育てるかは私が考えるってことで、皆で何を持っていくべきか考えようよ」
フェルナンドも、美食家魂と研究者魂の両方に火がついたようだ。
「じゃあさあ、まずは何?」
と俺。
ここはやはり料理人として?俺が仕切らないとね。

「肉だな」
すかさず、フェルナンド。
肉ね、そうだよね。
「そうね、で、肉だと何の肉?」
「それは難しいね、全部持って行っちゃダメなの?」
と、ゲイリー。
お肉好きだったのね。
「別に、いいんだけどさ。敢えて一つとなったら。敢えてね」
「代表的なものは、牛、豚、鶏か」
遠くを見つめながらフェルナンドがつぶやく。
「バーベキューマニアとしては牛かい?」
「うーん、そうだね。まあ、牛は外せないが、それぞれの良さがあるからな、でもやっぱり牛だな」
「牛肉と言えば、フェルナンドが得意なバーベキューとか、あとステーキとかも美味いけど、和牛のすき焼きやしゃぶしゃぶも美味いよねー」
と、日本食も好きなゲイリーがニコニコしながら言う。
「確かにな。でも、肉はさ、こうガブリといくのが王道だと私は思うんだよ」
とフェルナンド。
「それはそれで勿論ありだよ。でも、あの、サシ?って言うの?脂がさ乗った和牛の肉をさ、ジャパニーズテイストで食べるのは、これはこれで堪んないよ」
「逆にそれはそれでありだと私も思うよ。ただね、牛からしてみると、折角育ったんだから、ガブリといって欲しいって思っていると思うんだよね」
「牛の気持ちはわかんないけどさ、でも、それこそ逆に、丁寧に一枚一枚食べてもらったら、大事にされてるなーって感じるんじゃないかな。逆にね、それこそ逆に」
「うーむ、それは育ちと文化の違いかもな。アメリカ育ちの牛は、やっぱこう広いところでね、豪快に育っているからさ、食べるのもこう、豪快にジュー&ガブリ!ってのをね求めているんだよ。日本育ちは、ほらやっぱり狭いところで内へ内へというかミクロの美学っていうか、そういう傾向があるからいいかもしれないけどさ」
「最近は、オーストラリア産の和牛ってのもあるからね」
「それは、まあ、人間でもさ、あるじゃない。遺伝子的には日本人だけど育ちはニューヨークだから味覚の嗜好はハンバーガー大好きみたいな。そういう意味では、オーストラリア産和牛はね、きっと豪快に食べて欲しいと思っていると思うよ」
「でも、すき焼きで食べると美味いんだよ」
「だから、それは何だろう。あ、そうだ、昔、ヘビメタのギタリストでジェイク・E・リーっていう人がいたんだけど。彼は、おばあちゃんが日本人で。だから、日本のメディアからは、日本人魂があるとか、日本人としてどう思う?みたいな取材ばっかりで。そうしたら、俺は日本に行ったことも無いし、おばあちゃんにもちょっとしか会った事ないから、日本のことはわからん。俺はアメリカ人なんだよ!って怒っていたけど、多分、オーストラリア産和牛も同じ気持ちだと思うよ」

フェルナンド、もう、意味がわからんが、とにかく、バーベキュー・イズ・ナンバーワンってことなのね。

「美味しさには、においも重要なんだ」
それまで黙っていたソムチャイが突如口を開いた。
「和牛には、和牛香という甘い香りがあるとされているが、その元となるラクトンという物質は、80℃くらいで最も強くなるんだが、その温度とは、すき焼きやしゃぶしゃぶの温度なんだよ」
「そして、牛肉は焼いた時にうまみ成分へと変わるアミノ酸が多いとされているからね。ステーキは理にかなっているんだ。ということで両者引き分けだな」
さすが、元ボディビルダー世界一。
食品知識も半端ないね。
「で、私としては、鶏肉だね。焼き鳥サイコー!ということで、牛肉は却下!」
あらら、ソムチャイも参戦だ。

因みに、俺は豚肉だけどね。
生姜焼きサイコー!




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