見出し画像

物語のタネ その伍『宇宙料理人 #8』

俺の名前は、田中雅人。
50歳の料理人。
日本人初の宇宙料理人として、国際宇宙ステーションで様々な実験を行う宇宙飛行士の為に食事を作るのが俺の仕事だ。

ソムチャイ、フェルナンドと3人で、ゲイリーの食べ物に対する過去と想いを聞いていたところ、
「ところで、マサはなぜ料理人になったんだ?」
と、自分の話を終えたゲイリーが話を振ってきた。
「ん、そうね。美味しいもん食べるのが好きだったからなんとなく、その流れで、かな」

そう、俺が料理人なった理由は、これだ!と人に言えるようなものは無いのだ。
ただ、子供の頃から食べるのは好きだった、それだけ。
それは大人になっても変わらず、それ故、様々なジャンルの料理を経験し、それが買われて?今この宇宙ステーションにいるというわけだ。

「美味しい、ってなんなんだろうね?」
と、ゲイリー。
「と言うか、美味しくないとダメなのかな?」
え?そんなこと考えたことも無かったな、俺。
料理、食べ物は、美味しいというか美味しくなるようにするってことが大前提として生きて来たからなー。
ゲイリーが続ける。
「美味しくないと食べないか?と言ったら、そんなことは無いと思うんだよね。その前に命の維持というかさ、それがあるから。食べないと死んじゃうから。ほら、僕はそういう状況にいたからさ」
確かにね、説得力あるな。
「コアラってユーカリの葉しか食べないじゃない・あれ、好物で美味しくて美味しくてそれしか食べないってことなのかな?」
うん、確かに、コアラに聞けるなら聞いてみたいね。
「ライオンもさ、インパラとシマウマの肉の味って違うのかな?で、最近はインパラばっかだな、あー、久々にシマウマ食いてー!とか思うのかな?」
我々人間が、あー今日は豚肉じゃなくて牛ステーキだな!みたいな感覚と同じ様にか?
なるほどな。
「そう考えるとさ、美味しいってなんだろう?と思うと同時にさ、すっごく人間的な幸せの特権だなって思うわけ。ドッグフードだってさ、高い安いで美味しい美味しく無いはあると思うよ。うちのわんちゃんも如実に態度で示すからね。
でも、わんちゃんは自分でそれをなんとか出来ないじゃない。人間はさ、それを自分でなんとか出来たりするじゃない、別に金があるとか無いとかじゃなくてさ。僕もさ、ソマリア時代は本当に食材も無くてさ、ひどいもんだったけど、毎回の食事が美味しくなかったか?って言ったらそうじゃないもんね。お母さんが一生懸命作ってくれた食事はさ、美味しかったもの」
うーむ、確かにそうだ。
俺たち料理人は、美味しくする為の知識を蓄え、技術を学ぶが、それ高めることだけが、美味しいを生み出す術の全てではないものな。

ほんと、そう考えると、美味しいってなんなんだろう。

俺たちが今目の前にしている、宇宙食。
これは、ある意味テクノロジーの塊だ。
少しでも美味しくする為に、最新のテクノロジーが使われ、そしてそれは日々進歩している。
その一方で、この宇宙ステーション、食材の調達においては、ソマリア時代のゲイリー並み、いや、下手をすればそれ以上に制限された状況だ。
新鮮なトマト一個さえ手に入れることが出来ないのだから。。。
なんとも究極的に矛盾というかパラドックスな食環境なんだな、ここは。

「ドラえもんのさ、おすそわけガム、知ってる?マサ」
これまで、ずっと黙って話を聞いていたソムチャイが。
「ガムを半分にして誰かに食べさせると、その人が食べているものの味が自分の舌でも味わえるっていう未来の道具だよね」
「そう、私、現役のボディビルダーだった頃、あれが一番欲しかったね」
さすが、世界のドラえもん。
タイのボディビルダーの心も掴んでいるとは!
「大会の前とかは、もうボクサーと同じだから、体を作るための食事しかないわけ。正直、食の楽しみなんて無いのですよ。でも、美味しいもの食べたいじゃないですか。おすそわけガムなら美味しい味は楽しめて、カロリーどころか体に吸収されるようなものは何もかもがゼロ!夢のようなガムだなーって」
「ガムじゃないけどな、味だけをデータ伝送して感じさせるデバイスはもうあるよ」
とフェルナンド。
「シンガポール国立大学のチームは、塩味、酸味、甘味などを感じさせるスプーンや箸を開発しているんだよ。塩味足りないかなと思ったらそのスプーンが舌に塩味を感じさせてくれるんだよ」
え、なんだって⁈
「あと、マサの国の明治大学のプロフェッサー宮下の学科では、『味ディスプレイ』というデバイスがあってね。これはスティックの先に5つの突起がついているんだけど、それがそれぞれ、甘味、苦味、酸味、塩味、うま味の突起で。簡単に言うと、それぞれの突起の味の強さをデジタルコントロールしてありとあらゆる味を再現出来るんだよ。だから、さすがに誰かの口の中で感じている味をそのまま伝送することは出来ないが、美味しい味を構成する味の要素のパラメーターを確定してデータとして、そのデバイスに送れば同じ味をマサの舌が感じることが出来るんだよ」

すごいな!ドラえもんの世界がもう出来てるじゃないかー。
「うわー、現役時代に欲しかったー」
本気で悔しがるソムチャイ。
それじゃあ、もう料理人なんていらないじゃん⁈
まさか、こんな宇宙に来て、料理人の存在アイデンティティの危機に遭遇するとは思わなかった。

しかし、ほんと、美味しいって何なんだ⁈
食べるって何んだ⁈

ISSの窓から見える地球の雲が綿菓子に見えてきた。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?