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ロゴの着想を得るためだけに、僕は日帰りで神戸の酒蔵を訪ねた。

一時的な雨風を凌ぐことだけが目的であれば、プレハブの仮設住宅でいい。
震災時に活躍した仮設住宅。
雨風が凌げるだけでありがたいことは前提だが、当然住む上での欠点は多い。
例えば、機密性が高く結露が起こりやすい。夏は暑くて冬は寒い。壁は薄く生活音も漏れやすい。
仮設は、やっぱり仮設レベル。
長く住みつづけることを前提としていない設計だ。

一方で、通常の住宅は、30年以上と長く住むことが前提。
建築士が設計し、使用する材質を厳選。
大工の職人技で、その土地に最適な家を建てる。

同じものが機械的に量産され、そのまま持って来るだけの仮設住宅は、
おそらくこの先、住み心地で通常の住宅に勝つことはない。
…と信じたい。

信じたい、と書いたのは、
僕が今からクリエイティブの人間として、この話に近しいポジショントークをするからだ。


クリエイティブには「耐久性」という軸がある。

ものづくり(僕の業界でいうクリエイティブ)は、耐久性という軸が存在する。
とはいっても、クリエイティブ業界の人でも、この耐久性の視座を持ってモノを作れている人は多くない気もする。

実は、この「耐久性」を軽視をする人は、
依頼する側も、作り手側も、クリエイティブを軽視している(クリエイティブに求める役割を間違えている)と言っても過言ではない。

クリエイティブの値段の話。
「ロゴとかコピーっていくらくらいですかね?」と聞かれれば、いくらでもできる。
寿司はいくらですかね?と言われるのと同じ。
100円の寿司も、5万円の寿司も、寿司だ。
クリエイティブは非常に値段をつけにくいが、強いていうなら耐久性で変わるべきだと思う。

ロゴや言葉がどれだけ影響し、どんな利益をもたらすのか?ビジネスを中長期的に支える耐久性があるのか?そこに目的や意味があるなら、その対価は上がるべき、だと思っている。

ただ「クリエイターが大変でした、時間をかけました」という労力への対価ではない。
ロゴやコピーの価値は本来そういうお情けではない。


くまモンは、長く愛されている耐久性あるクリエイティブだ。
あれだけ熊本のイメージを押し上げ、全国的に愛される「くまモン」ですら、別のロゴと一括りにされて謎の議論をされている。
くまモンを作った水野さんが手がけた奈良のロゴの住民訴訟。このニュースは悲しかった。
地方自治体がやる公募で作ったロゴが、ここまで上手くいったためしがないし、30万円ではリサーチなんてやりきれるわけがない。(サクッと作ってよ、のレベル)


クリエイティブは、本当に値付けが難しい。
スシローもすきやばし次郎もどっちも寿司だし、サイゼリヤとミシュランのレストランはどっちもイタリアンだという人には、一生理解されることはない。
そういう人は、スシローとサイゼリヤと食べているほうが幸せなのだから。押し売りはしない。
つくる側にとって、これを説得する行為自体が一番疲弊する。

仮にウニが1貫2000円するなら「今はウニは希少という背景」とか「ウニの相場」とか「寿司屋の仕事がネタを乗せてるだけではない」とか「いいウニを厳選して仕入れている」を客が知っとくべき。
これを寿司屋に説明させるのは苦痛を伴う。
わからなければ、自分でスーパーでウニを買ってきて酢飯に乗せて、安く食べることで満足したほうがいい。


クリエイティブは安価に作る時代??

「お店のロゴを数万円でデザインする」というサービスがある。
一日20万円程度の売上のお店のロゴだったらそれで十分だと思う。
「おいしそうな飲食店」「おしゃれな美容室」
ロゴに求める機能がその印象づくりであれば十分な価格だ。


それが数万円でつくれるロゴに求める正当な労力ということであり、
このロゴ作りには、たぶん店舗周辺の現地リサーチも、市場分析も、必要はない。(というか量産型だから時間をかけてられない)

店の頭文字の英語を使ったり、モチーフを選んだり、店長さんのエピソードを聞いたりして、
ロゴっぽいものに簡単な理屈をつけて、わずかなオリジナリティを生む作業である。
ちなみに、これはこれで需要があって、悪いわけではない。


一方、有名なロゴの中には、高すぎる金額をかけることがある。
例えば、ペプシのロゴを制作する時に支払った制作費が約1億円らしい。
制作期間は5ヶ月間。そのうちの1ヶ月間は制作者が日本を含めたアジアにロゴの構想を練る修行の旅に出かけたとのこと。
ペプシがグローバルなコーラブランドとして、どうしたら存在感を出せるか、どうしたらコカコーラに勝てるか。
そんな事業のあらゆる課題をロゴに詰め込んで、「正解のなさそうなクリエイティブの、正解をつくる作業」に膨大な時間をかける。

さまざまな意味のすべてを1つに凝縮していく。考え尽くされ、膨大な検証を経ていると、そのロゴには自ずと耐久性ができてくる。


話は変わるが、
ファッションブランドも車ブランドも、フラットでシンプルなデザインが増えた。
その流行りに乗ってロゴはシンプルにすればいい、ということではない。
老舗ブランドだからこそ、シンプル化してもこれまでのブランド資産がイメージを作っているわけで、
ぽっと出の企業がただシンプルにしたとて意味があるのか?と言われるとない。
その会社やサービスの、事業フェーズがどこにあるかでデザインに求めることは変わるはずだ。
同様の話で、Appleのりんごは黄金比を用いている。
それを真似てか、黄金比で制作プロセスを開示するだけの自己満なロゴもあったりする。企画意図が黄金比になっている。
黄金比が悪いのではなくそれは一つの手法なだけで、どんな目的と意味があるのかがもっと大事だ。


偉そうに言ったものの…
自分の昨年の仕事で内省した話

最近、半年以上の時間をかけて、お酒のリテールブランドの
新たなタグライン・ロゴを作り上げ、それに応じて店舗をフルリニューアルするという仕事に、
クリエイティブディレクター(クリエイティブの全責任者)として参画した。

ロゴや、企業のタグラインなど、
本質的で根幹の価値を作るような、ものづくりが好きで得意だ。

社運を賭けるような絶対に方向性を間違えられないものづくりであり、企業やサービスはこのクリエイティブに心中するような気持ちで取り組む。
僕自身もおそらく、いい加減に短期的なものを作るよりも、深掘り考え抜く作業がたぶん本来性に合っている。

この仕事が、クリエイティブをする上での、意識の転機になった

これまでの僕はたぶん広告業界の慣習で、
次の広告や年間計画を1ヶ月以内にプレゼンせよ!みたいな早いサイクルのやり方が板についてしまっていた。
実際に考えるプロセスは変わらないのだが、ぼくは耐久性のあるものを作るという意識だけはそのまま、"慣れ"でより効率的にものを作ろうとする意識になっていた。

スパンが早い広告業界で、そもそもローンチまで半年以上のプロジェクトに参加することすら久しぶりだった。

まず、クリエイティブを作る前に、全ての情報を言語化をした。この事業は何を目指すのか?3年後にどこにいたいのか?将来はどうなっていたいのか?作るクリエイティブが正解かどうかを確かめるために戻って来れる場所を作る。

このプロジェクトは、
この会社にとって、明らかなターニングポイントだった。
この先10倍以上になりうる可能性がある会社の根っこを支え続ける。
そんな耐久性のあるクリエイティブを作らなくてはならなかった。

オンライン中心に議論を重ねて、情報が揃った"気がした"。
その情報をまとめて、クリエイティブ論旨を作り、なんとなく正解が見えた"気がした"。
ロゴのプレゼン日も決まっていたので、その日付を目指してアートディレクターと形にする作業をしていった。

ここに、大きな問題があった。
zoomの発言と、テキストの情報をもとに、
僕は社運をかけたロゴの正解を、”半ば効率的に作ろうとしていた”ことだ。

当時つくってみたロゴは、ロゴの良し悪しというより、たぶんそもそもの考えが足りていなかった。
会議室で入手しただけの情報を元に、効率的に正解を出していたから。クリエイティブディレクションがゆるかった。

結果的に、プレゼン前にプレゼンしないという判断で、1ヶ月の新たな猶予をもらった。(完成スケジュールはそのまま)
長期的なプロジェクトで調整しやすかったことと、お互いにパートナーの意識があったから許されたことで、本当に感謝している。

現地を足を運ぶことの大事さ

1ヶ月の猶予をもらった僕らはすぐに、新たな情報のインプットを選んだ。

アートディレクターとプロデューサーと神戸・灘の酒蔵や博物館をいくつも訪ねた。
突発的に出発し、時間も十分に取れず。朝6時に東京を出て24時に東京に帰る。日帰りだった。
ロゴのために旅に出る。規模が違えど、ペプシのやり方だった。

当時お酒はどうやって作られたのか、どうして人々はお酒で賑わったのか。お酒を市民に届けるとは?お酒の価値とは?を、文献を読んだり歴史から調べ尽くした。

令和時代に、お酒を全国に届ける新たな価値を作り出すことがミッションだった僕らは、
江戸時代に、灘の町からお酒を全国に届けて全国の人々を喜ばせていた歴史を学んだ。

また、その神戸で得た情報を元に、
改めて社長にヒアリングをして、全国にお酒を届ける意味の理解を深め、
その後に作ったクリエイティブは、見違えるほど大胆に進化した。
今まで会議室の情報で作っていたものとは明らかに違ったものだった。
込めている知識も、想いも、その階層が全然違う。お酒への理解も非常に深い。
リサーチ全てが意味があるわけではないが、広く深く知っている状態というのが大事だ。取捨選択はクリエイターが最後にやることだと思うし、その材料はできる限り多い方が耐久性は上がる。

ちなみに、ロゴ作りにおいては僕はデザイナーではない。
デザインの正解への道筋を作ったり、デザインの役割を考えるような仕事だ。(デザインはブランド構成要素の一部だ)
その正解への道筋を深めたことで、耐久性のあるデザインの正解に辿り着けた。

最近のBRUTUSで読んだ話で、
建築家の安藤忠雄さん(最も好きな建築家のひとり)は、建築を見るときに、徒歩5,6分離れた道からわざわざ歩くらしい。
建築単体ではなく、周辺環境をも肌で感じないと、その建築の正体が見えてこないという。

建築と広告を比較するのもおこがましいが、
ものづくりは手間を惜しまずにやれば、耐久性が上がる。
適当な建築は5年で廃るが、考えられた建築は100年以上残っている。

足を運び、目や耳で感じ、話を聞いて、そのブランドにしか言えないことにまで押し上げる。
広告制作の早いサイクルがゆえに、思考の悪癖がついていたことに気がついた仕事だった。

だから僕はそれから、ちゃんとモノを使ってみたり、現地に足を運ぶことを大事にしている。
体験しないと、気づけないことは実際に多いし、簡単には辿り着けないところにこそ実はアイデアの金脈が眠っているんだと思う。
ここをサボって効率的にやろうとすると、ロゴは安い対価のままでいいはずだ。



曖昧な「クリエイティブ」の正解に責任を持つ仕事

正解もなく、曖昧で、正しい判断をするのも、難しいクリエイティブという仕事。
クリエイティブを正しいものにするために。
何よりも依頼してくれた「人」「モノ」「伝統」を、クリエイティブというわかりにくいもので、安易に変換して騙さないために。
自分が誰よりもよく考え、よく調べ、よく感じ、ゴール設定を甘くせずにしないといけないな、
と強く思い直した仕事だった。


リニューアルしたロゴ
Before→After


制作の詳細はここで話せないので、
気になった方はプロセスを直接話します。
リニューアル後にお客さんのリプライが暖かい声ばかりだったことに涙が出ました。
(リニューアルって前の方が良かったとか言われがち…)

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