見出し画像

隠れ亭主関白の自分に向き合った話 / 産後クライシスを読んで

これは、僕の育児休業中に気づいた、育児の話ではなく、家事の話。
娘の誕生のおかげでようやく気づいた大事な心構えを、家事分担で悩む夫婦いずれかの代弁者となって、夫婦円満のきっかけになってほしいと思って書いている。

そもそも、家事とは"気付くこと"で発生するということを実感した。

排水溝が髪の毛まみれなのでは?(大掃除の時にしかやらない)シーツはもう汚れてるんじゃないか?(変えようと思う頻度が僕は少ない)そろそろごま油がなくなったのではないか?(料理しないし気づかない)
"気付くこと"にフタをすると、家事は消滅する。というか、なくなったように見えて先延ばし。発生した認識すらしていない家事ならば、他の誰かがやってくれていることにも気づかず「ありがとう」も言えない。


共同生活における家事

几帳面な人とズボラな人が一緒に住めば、几帳面な人のほうが家事に気づいてしまう。
たとえ、ズボラ同士でも、どちらかが少しでも几帳面さが上回ればこの現象は必ず起こり、そのギャップはお互いにストレスになっていく。

どんな夫婦も家事の話でもめると、「そんなことも気づかないの?」「そんなことでいちいち気にすんなよ」と、対立した意見を心の中で言っているに違いない。このギャップを話し合って埋めない限り、こういったトラブルはなくならないと思う。

ズボラ側の僕自身は、大半の家事に気づかない状態で、無意識のうちに隠れ亭主関白になっていた。(もしくは妻の指示を受けてから動き出す指示待ち人間に。)
結婚するまで10年以上も、シェアハウスも同棲もすることなく1人暮らしした結果、自分のズボラ基準が当たり前になった。妻と一緒に住んでも、その基準は変わらなかった。

広告業界の忙しい仕事を言い訳に、ほとんど家事をしなかった。というか気付くセンサーを失っていた。
本当の末期の時は「ゴミ捨てといて!」という唯一の指示を受けたのに玄関まで行ったら、別のことを考えてしまい、ゴミを捨て忘れてしまった。「え、そんなことすらできないの?」と怒りを通り越して呆れられたことがある。普通にデキの悪すぎる新入社員以下だ。


娘が目的の育休が、家事の転機に。

大きなきっかけは、娘の誕生というよりは育児休業だ。起きてる時間全て仕事に費やしていた僕を見かねて、実家に里帰りをしようとした妻に僕は、1ヶ月間の育休をとる!と言って引き留めた。
当初の育休の魂胆は、子どもが好きなので、新生児と一緒にいたいという興味本位だった。

ところが…。

可愛くてモチベーションが湧きやすい育児よりも、僕のメイン仕事は家事だった。産後に交通事故並みと言われるダメージを抱えた妻が今まで当たり前にやってくれていた掃除・洗濯・料理を"妻の指示なしに"全てやる
子どもが産まれて家事の総量が増えた。洗濯でいえば、ベビー服は別で洗うし、数も多い。
里帰り出産は子どもの面倒をみんなで見るためだと思ってたが、身の回りの家事の全てをやることが本質的な意義なんだと初めて実感した。

授乳以外の全ての家事・育児は僕にできることで、僕がアンテナを張って先回りして気づかなければいけないのである。妻は監督ではない。主体性を持つことそのものが家事をするということだ。
そういう意味では、僕は家事がめちゃくちゃ苦手だった。料理はラーメンしか作れないとか、掃除機や洗濯機の使い方がわからないとか、そういうスキルの問題ではない。僕自身は、料理や掃除そのものは得意な方だ。

それなのに、気付くことが圧倒的にできなかった。干した洗濯物を取り込み忘れて、翌日雨に濡れてたり、ゴミの日を間違えて大量の生ゴミを捨てそびれたりして、本当に能力値が低い。

家事をちゃんと始めると、僕の手は荒れにくいと思っていたが、毎日家事をしただけで僕の手は簡単に荒れた。手の荒れにくい洗剤を考えたり、ハンドクリームを塗ったのは人生で初めてだった。そして仕事で忙しくても体にガタが来ない僕に、慣れない家事で15年ぶりにものもらいができた。

育休最後には、冷蔵庫の中身も開けなくても何が足りているか、賞味期限が切れそうなのはどの食材か、を把握できるまでになった。


家事をしない人は、過大評価しがち。

ダニング=クルーガー効果という現象の話をしたい。
ダニングさんとクルーガーさん、2名の心理学者が提唱した理論で「能力の低い人は自分の能力を過大評価するという認知バイアス」のこと。
噛み砕いて簡単に言うと、できないくせして、できてると思っちゃうイタい現象である。
仕事では能力が低い人ができる側だと思ったり、勉強では偏差値40の人が自分は52くらいだと過大評価する。
謙虚さには一番気をつけたいと思っていたのに、家事という点で、このダニ=クルが起こっていた。

事実、以前の僕は家事を1割もやってないのに、家事を3割くらいやっていると思いこんでいた。
僕だけじゃなく、だいたい家事をあまりしない人に割合を聞いてみれば大目に言うと思う。意地悪に試してみて、みんなもダニング=クルーガー効果を感じてほしい。

別軸で、家事の量ではなく質の話も大事で「お風呂を入れている」と思っている人ですら、気づきの低さで家事のレベルを相当下げている。
このツイートを見てもらいたい。

僕は、このツイートでいう「ママ」の2~3箇所を「パパ」に置き換えられるようなクオリティで「風呂入れ」という家事を、今になってようやくできている。

産後クライシスを読んで

今回は、TOP画像の読書感想文という体裁にしている。先ほどの「風呂入れ」の話もそうだが、産後クライシスでは、「ゴミ捨て」をしていると思っている夫を「ゴミ運び」と揶揄している。
本物の「ゴミ捨て」とは、1:ゴミの日をチェックする、2:全部屋のゴミをまとめる、3:新しいゴミ袋をセットする、4:ゴミを運ぶ までがセットでゴミ捨てだ。

玄関においてあるゴミを集積所に持っていくだけの「ゴミ運び」をしている人は、どれだけ家事のクオリティが低いか自覚したほうがいい。(僕はゴミ運び、すらできなかったのだが。笑)

仕事で言いかえれば、作業のクオリティがマジで低い。ただ不思議なのは、家事の段取りすらできなくて仕事ちゃんとできるの?とか言われる人も多いけど、実感値として仕事はちゃんとできている人が多いこと。単純に家ではそのセンサーのスイッチが切れがちなだけなので、スイッチさえ入れば誰だって家事はできるはず。

ちなみに、この本は3児の父である高木新平さんが、出産おめでとう連絡をくれたと思ったら間髪入れずに夫婦で「産後クライシス」を読むことを薦めてくれた。

例外なく、僕もこの1冊によって家庭を救われた。

どんな育児本よりも心に効くのが、これが育児の話ではなく、産後に直面する夫婦としての危機の話だからだ。本のより詳細はこちらから。


育児休業が明けて2ヶ月が経った。

仕事が忙しくなるほどに、脳が切り替わらなくて、気づきスキルが低下している。こんなことを偉そうに書いている僕だけど、全然変わり切れていないので、もっと気を引き締めたい。

娘が生まれなくても気付くべきだったごくごく当たり前なことができなかった。そこに娘がきっかけになって、僕は意識を変えることができた。

ぜひ、子供の有無にかかわらず、夫婦でこの本を読んでほしいと思う。


この記事が参加している募集

#読書感想文

189,023件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?