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【小説】 亮介さんとあおいさんとぼくと 13/30

ドバイは、イスラム教の国ということもあって、お酒は「基本的」には飲めないらしい。この「基本的」ということばがミソなのだが、「例外的」には飲めるということである。

「基本的」にお酒をドバイでは買うことはできない。「例外的」に空港の免税店で買うことができる。だから、日本企業の駐在員は、どこかへ出張へいった帰りには、「基本的」に空港でたくさんのお酒を買うという。

飲食店でも「基本的」にお酒は飲めないが、政府から許可を得ている店なら、外国人がよく出入りしている施設、ホテルやショッピングモールを中心に、アルコールを摂取できるところがある。

それで、我々はどうしたかというと、あおいさんがお酒を飲める店をしっていた。ショッピングモール中で、ずいぶんと端で、奥にあった。できるだけお酒の姿をさらしたくない配慮からだろうか。 

店の雰囲気としては、ダイニングバーといったところか。その店には、白人の男女がテーブル席を占めていた。それと、アフリカ系の女性二人が、カウンターで飲んでいた。

異国情緒をここまではかんじられたが、なんだかテンションの高い日本人の集団がいた。急に鳥貴族につれてこられたような気分になった。鳥貴族はすきなのだが、ドバイでうるさい居酒屋の気分は味わいたくなかった。

「こっちの人はお酒をたのむときは、じぶんの好きなものをたのむけど」
というあおいさんの一言が入ったが、我々三名は日本人らしくビールを飲むことにした。

「どうだいドバイは?」
と亮介さんが口をひらいた。

「まあ、たのしいわ。外国で暮らすのは、いちいちなんでも勝手がちがって大変だけど、おおむね満足してるわ。やっぱり、期待したように英語の勉強に集中できるのがいいわ。

きょうはたまたま、あちらに日本のサラリーマンがいるけれど、街で日本人に会うことはほとんどないわ。そりゃ、ブルジュ・ハリファとか観光地にいけば、ぼちぼちいるけれども」

こんなかんじで、あおいさんから、ドバイあるあるみたいな事情聴取をしていた。


しばらく経って、ビールも飽きたので、別の酒を頼もうとしたのだが、ここは外国なので、なかなか緊張の瞬間である。

「すいませんが、ジムビームをいただけませんか?」

とつたない英語でなんとか伝えようとしたものの、どうやらぼくたちの発音ではどうすることもできなかった。なので、あおいさんにたのんでもらった。彼女が別の種類の生き物のように感じた。

「あおいは、これからどうしたいんだい?ドバイで留学を終えたあとは」

と亮介さんが口をひらいた。
たぶん、亮介さんが本当に話したいことは、別のところにあるだろう。話題の外堀を埋めながら、本題に迫ろうとしている魂胆がみえる。

「ふつうに就活をするとおもうわ。やっぱり、わたしのような庶民には、太刀打ちできない壁があるの。こっちで出会った英語のできる日本人は、大学を海外で過ごしているとか序の口で、高校生のころから留学していたり、帰国子女だったり、ほんとうに格が違うの。

わたしみたいに、大学でたった一年だけ留学してる人間なんて、足元にも及ばないの。彼・彼女たちは、もちろん日本にはいくらか愛着はあるけれど、わたしたちみたいに、日本に住んで、日本で働いて、日本で生きていくことは選択肢の一つでしかないの。

これが、圧倒的な感覚のちがい。まさにカルチャーショックよ。だからわたしは、彼・彼女たちと対抗するには、日本で二十年間住んでいて、日本の文化や歴史に精通しているということを強みにするしかないの。

彼・彼女たちは敬語がうまくつかえないからダメだとか、日本人として常識がないとか、そういう弱みにつけこんで、じぶんのプライドを保ってるの。あの人たちをみていると、英語をつかって仕事をしたいとか、海外でバリバリ働きたいっていう、わたしの夢なんておままごとのように見えるの」

「うむむ」
と亮介さんがうなった。


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