フタリノサキ1
ようやく挨拶回りを終えた夕方、肌寒さを感じることをすっかり忘れていた気がする。そういえばお腹もずいぶん前から減っていた。
帰社前にラーメン屋に寄ることにした。学生の頃に凡内とよく行った店だけど、味をあまり覚えていないということは美味しい店では無いのだろう。ただ、ここに行くことで後で凡内と懐かしい話ができると思った。
「こちらに名前を書いてから少しおかけになってお持ちください。順番にご案内します」
まだ夕方だというのに店は混んでいた。あの頃とは違い店内は綺麗に改装されていて、すっかり人気店になっていた。
順番待ちの紙に三川という名前を書いた。待つことのストレスを軽減する方法。それは嫌いな奴の名前を書くこと。自分ではなく嫌いな奴が待たされていると思うと少しだけ楽になる。
先に空いたということでテーブル席に案内され、すぐにラーメンだけを注文した。見る意味も興味もないメニューを何となく見たり、することのないスマホの画面を触ったりしていた。
俺の周りのテーブルは家族連ればかりだ。それを見たくなかった。人の間に混ざりきれていない自分を上から見たくなかった。
隣のテーブルには特に会話もなくスマホをいじる3人家族がいる。けれど、このラーメン屋に行くという会話がどこかで生まれ、この3人は今ここにいるのだろう。
なぜか急に泣きそうになった。涙腺が緩むというレベルではなく、肩を震わせて大泣きしそうになった。
いつの日かどこかで覚えた名前を思い出しそうになった。心の中に押し殺す名前があることをいつも忘れようとして、必死でそれを押し殺す。
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