名前がある1

冬の夜明けの繁華街に、若い男達に捨てられた女がいた。女はやけに薄着だった。

自分以外の力で手にした金、実力以上の金で遊んだ。そんな若者が世の中を馬鹿にして笑いながら女を捨てた。

細岡は捨てられた女の目の前に立った。偶然立ってしまった。

誰も迎えに来ないとわかっている。でも、待つことしかできない。そんな少女の眼を見てしまった。





細岡の部屋には女がいた。特に会話があった訳ではない。細岡が女を連れ込んだのか、女が勝手についてきたのか、それは二人にもわからない。

誰も寒いとは言わなかったが、細岡は電気ストーブをつけてその前に座布団を置いた。女は部屋の入り口にじっと立っていた。

二人は眼を合わせることもなく向かい合って立っていた。しばらくすると女はその場に座り込む。心配した細岡がゆっくりと近づくと、女は服を脱いだ。





細岡は自分の手の匂いを嗅いだ。嫌な匂いをいくつも集めていた。まとわりついた安い香水を欲望と汗で塗り潰す。

悲しかった。虚しかった。
匂いは動物のようで、まるで動物ではない。

女は静かに服を着て、水が欲しいと小さな声で言った。汗と香水が混ざった匂いがする下着を、女は躊躇うことなく再び着た。

匂いに慣れているのか気づいていないのか、細岡はそれを哀れんだ。




寒さに耐えきれず、電気ストーブの前まで来た女は、近くの毛布を1枚身体に包んで眠った。

「鍵はポストに入れて」

細岡が女に初めて口を利いた。初めて会って初めて話した女に、細岡は部屋の鍵を渡して仕事へ向かった。

女は寝たふりをしていて、細岡はそれに気づいていた。どうして寝たふりをしていたのか、細岡はそれがわかるような気がした。




数時間後、細岡は仕事を終えて帰宅した。女の靴が残っていた。複雑な気持ちだった。

女はほとんど動いていない様子だったが、

「トイレ借りたよ」

そう一言だけ話した。

細岡が近づくと、女は細岡にまとわりつき唇を重ねる。何も食べず、何も飲まず、歯も磨いていない。口の中は汚れた匂いがした。マンションのゴミ捨て場の匂いに似ていた。

でも、細岡にはそれが綺麗だった。
二人にはそれが何よりも綺麗だった。

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