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【一日一捨】 Tシャツ

身体をこわして1年ほど病院に通っていたことがある。
2ヶ月に一度、病院に行き、血液検査をして薬を処方してもらう。採血室には、何人かの看護師さんがいるのだけど、その中に、田川さんというちょっとキツい感じのベテラン看護師さんがいた。田川さんは、いつもよけいなことは話さず、もちろん笑顔を見せたりすることもなく、でも、腕はたしかで、針を刺すときも抜くときも痛いと感じたことは一度もない。あまりに上手いので、僕は毎回「今日も田川さんにあたりますように…」と祈りながら採血の順番を待っていた。

その日の採血も無事、田川さんにあたった。
いつものようにテキパキと採血の準備をする田川さん。僕は、パーカーを脱いでTシャツ姿になり、採血台に右腕を置く。
「アルコールのアレルギーはないですか?」
いつものように確認し、アルコール消毒をしようとして、田川さんは一瞬、「あ…」という顔になった。無表情な田川さんの、そんな表情は初めて見た。田川さんの目は僕のTシャツに向けられている。
「え? どうかしましたか……?」
不安げに尋ねたら、田川さんはすぐにいつもの無表情に戻って、
「いえ、うちの子と同じTシャツだったので」
ぼそりと答え、僕の右腕の血管に採血の針をプスリと刺した。
やっぱり全然、痛くはなかった。

そんな田川さんの子供と同じTシャツ。捨てる。

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