なぁ、30万払えよと彼は言った

大学生になって初めて、実家を出て一人暮らしを始めた。期待と不安が交差する新生活の始まり。晴れて自由を手にした僕は夜な夜なエロサイトをめぐる旅に出ていた。何の抵抗もなく駆け回った。あれほど縦横無尽に駆け回る瞬間はない。パケット通信料と戦いながら、無料動画を閲覧する。いかにただでエロい動画を見るかに人生を懸けていた。一人暮らしは天国だと思った。


いつものように自由にサイトを駆け回っていたある日、唐突に「30万円払いなさい」という警告的な文章が前面に出現した。僕は焦った。悪質な詐欺だとも思ったが、僕の縦横無尽な行動が危うげな何かをクリックしたのかも知れない。まだネットに疎かった僕は詐欺だと思いながらも正直かなり焦っていた。

放置したいが、このままではまずいかもしれない。文面にはあなたのIPアドレスは特定されています的なことも書かれていた。落ち着いて考えれば完全に脅迫である。しかし、焦ると人はまともに思考が働かない。どうする…どうすれば…きっと向こうはこちらの電話番号も把握しているのだろう…とはいえこちらは未成年だ、当然金もない…もしかすると何らかの手段を使って親に連絡をとられるかもしれない…最悪だ…先んじて親に連絡するか…? お、お母さん、実はちょっとエッチなサイト見てたら30万払えって脅迫されたんだ…た、たすけて…。


なんて言えるわけがない。地獄にもほどがある。放置だ、放置。これは悪い夢だ。すぐ覚めるさ。ほっといたらいいだろう。すると三日後、友人と定食屋で豚バラ定食を食べていたときだった。知らない番号から電話がかかってきた。悪い予感がした。そして悪い予感というものは必ず当たるのが世の摂理。きっとあいつだ。エロサイトの脅迫野郎だ。まずい。なぜこのタイミング。俺は今、友人の前の前で豚バラを食っているというのに。取ろうか迷っていたら友人が言った。

「知らない番号だったら、とりあえず取ってみたらいいよ。誰かわかって相手にする必要がなければ二回目からは取らなくていい」

友人の助言を信じて僕は取った。

「あんた、30万払ってないだろ? ちゃんと伝えてるのにさぁ。ちゃんと料金払えよ、みたんだろ? なぁ」

まさか定食屋で向かい側に友人が座っている状況で恫喝まがいにエロサイトの料金を請求されるとは思いもよらなかった。これが夢にまで見たキャンパスライフだなんて信じたくなかった。

「わかりました。金はちゃんと払います。俺、見ましたから」

なんて言えるわけがない。公衆の面前である。それに払う必要もない。僕は滝の汗を流しながら曖昧に濁した。

「いや、ちょっと、はい。よくわからないので。それじゃ」

切った。友人は心配そうに「大丈夫か?まぁもう取らなくていいよ、電話。無視しろ」と励ますように言ってくれた。あの時、一人じゃなくてよかったと心から思った。不安と恐怖で押しつぶされていたかも知れない。友人の温かい言葉に救われた。


それからしばらくはまた電話がかかってきたりしないか気がかりだったが、二度とかかってくることはなかった。不当な恫喝や詐欺には引っかからないようにしようと気を引き締めるきっかけになった事件だった。それからエロサイトを見るときはちょっと慎重になったと思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?