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「まぁるい日本 国家安全保障(ビジョン2100)」No12~Ⅱ-1:国家安全保障戦略(その3)

防衛構想の第二は、地域大国、中国の軍事的影響力を排除することである。
このため、中国の軍事的影響力の拡大を相殺するように我が国の防衛力を強化する。

共産党と人民解放軍は、ノーメンクラツーラ(赤い貴族)の既得権益を保護し、自分たちの地位を保障するために経済成長路線を継続し、海外に拡大した国益を確固たるものにするために軍備を拡大し続ける。
中国が、市場経済を導入して飛躍的な経済成長を遂げることができた理由は、社会主義体制が規格化された大量生産の時代に適合した政治体制であったためである。
加えて、人口ボーナス期に重なったことと、市場開拓を期待した資本主義国から資本と技術が積極的に移転されたことの三つが大きな経済成長を遂げることができた要因である。

経済成長によって、社会資本が整備され、社会全体が豊かになってくると、全体主義的な統制が効かなくなり、規格化された社会から次第に、能力主義の個性発揮を求める社会に変化し、民主主義的な競争社会に変容しようとする。これから一九七八年に改革・開放経済に移行したあとに育った世代が、社会の中心を占めるようになるとその要求は一段と強くなる。
しかし、共産党が支配する一党独裁の中国は、それを許すことはできない。

中国は、経済発展だけが共産党に対する人民支持の求心力になり、人口に支えられた経済力の巨大さが国際社会の中国支持を確固たるものにする政治的影響力になることを理解しているので、国家、社会の中にさまざまな矛盾を抱えながら、力で押さえ込んで、経済発展に邁進する。

中国の抱える矛盾とは、
 一党独裁と国民の国家への忠誠心・国家意識との乖離という共産党と国家の問題、
 市場経済と共産主義経済というイデオロギー的かつ政治的な問題、
 少数民族問題、
 伝統維持と国際化の問題、
 支配階級と一般人民、沿岸部と内陸部、農村と都会の貧富の問題など、経済発展に伴う貧富の格差の問題
であり、これらは中国が長い歴史のなかで盛衰を繰り返してきた要因となった本質的な問題である。

格差が拡大すると貧困階層の不満は生じるし、格差が小さくなると支配階級に不満が生じる。富める者も貧しい者も、人民の欲求は際限なく拡大する。
二〇一五年頃には生産年齢人口(一五~六〇歳)が減少に転じて、二〇二〇年までには人口の一七%以上が六〇歳以上になる見通しだと言われている。
富裕層は既得権を生かして富を吸収し続け、年老いた富裕層を支える若い労働者層が減少する。若年層は働いても豊かにならない。搾取される農民層や地方の若年層の不満は増大する。
人口ボーナス期に終わりを迎えた社会は、活力を失う。
資本主義国からの資本と技術移転の速度は低下し、成長の芽は萎む。大量生産だけで、富裕層を満足させることはできない。

中国人の精神風土、国民性には、社会が抱える問題点や矛盾を調整するような倫理観や価値観や徳性がないため、社会的な不安定は一層拡大する。腐敗の一掃、摘発などという形で人民の不満を緩和すると同時に、利権を調整しようとしても、本質的な問題解決にはならず、格差の酷さとどうしようもない腐敗構造に気がついた人民に、より多くの不満を誘発する結果を招く。
その不満が社会的不安定さを生み、革命が起きるまで継続、拡大することは、中国の歴史が証明している。
社会的な不安定さを押さえ込むために、必死になって、経済成長を維持しようとして海外に権益を拡大する。
急激な権益の拡大は国際的な摩擦を生み、摩擦から権益を保護するために、軍事力を拡大する。この軍事力の拡大もまた、国内の権益争いにつながっている。

共産党及び人民解放軍は、世界中に広がる中国の権益を保全できるだけの力を保有することが自分たちの地位を確固たるものにする最低限の条件であり、それが共産党員の既得権を確保し、軍人、軍属の経済的利益を拡大することに繫がるので、軍備拡大と権益拡大に邁進する。
軍事力を増強し、機会主義的に自国の勢力圏、領土、領海を拡大しようとする。
その最も良い例は、南シナ海の西沙諸島や南沙諸島の領有化である。
行動パターンは、第一段階として領有を主張し、第二段階として漁船、調査船及び軍艦による既成事実を積み上げ、第三段階は、共同開発などによって一時棚上げをしている間に施設を構築し、最終的に実効支配する。

台湾の対向する沿岸部に中長距離ミサイルを並べ、台湾を射程内に収め、台湾周辺海域への米国空母の進出を抑止する。
領海法にしたがって、南シナ海を内海化し、日本、オーストラリア、ニュージーランド、米国、韓国などのシーレーンをコントロール下に置く。
海賊対処活動などを通じて、インド洋、中東周辺海域にまで海軍力を展開し、同海域に海軍基地を獲得し、常続的にプレゼンスを誇示する。
その影響力の下に、経済交流、文化交流の温かい風を送る。

中国は、さまざまな国際活動、国際的な枠組みへ積極的に参加することを通じて、地歩を拡大し、国際社会で影響力を増していく。それは、中華思想の現れとしての華夷秩序形成というDNAに符合する。
中国は、国際社会における地位の保全と軍事力の使用による戦争の勝利に絶対的な確信がない限り、軍事力を直接的に使うことに慎重であるが、軍事的な影響力を拡大しつつ、常に相手との力関係を推し量って、機会主義的に行動する。
その思想は、資本主義国から社会主義国を守るために、“防衛的に”軍事力を拡大し、“防衛線”をより前方へ拡大し続けることを正当化する、マルクス・レーニン主義教義そのものである。
この行動の背景や動機には、軍事力に対する自信がある。

中国の軍事力整備の第一の目標は、領海法、領土法に定められた自国の領土を保全することである。
第二の目標は、軍事力を強化することによって軍事的影響力を拡大し、世界中に広がる中国の権益をより有利な形で保護することである。
第三の目標は外国からの軍事的影響力を排除することであり、第四の目標は中国人民の誇りと国家の権威を軍事力の規模と強さで誇示して世界第一の軍事大国となることであり、第五の目標は信じているか信じていないかは分からないが、共産主義革命の達成である。
中国は、共産党一党独裁の国なのだが、利権拡大の争いには統制がなく、権力を握った者がただひたすらに、既得権の確保と利権の拡大に走っている。
その利権争いが、中国社会に経済発展の活力を生んでいる。諸外国には、そのバラバラの動きが、いかにも民主化しているかのような錯覚と誤解を与えている。

ソ連時代にあった、経済が発展するにしたがって社会主義経済と資本主義経済は収斂し、同質の社会が生まれていくのだという「収斂理論」は、間違いだったことは明らかになったのだが、中国に対しては、 社会主義国が市場経済導入することによって資本主義国化する可能性があるという、形を変えた収斂理論への幻想が生まれている。

国内の数多くの矛盾が解消しない限り、中国社会が資本主義社会に収斂することはない。不可能に近い。
中国には、共産主義思想、共産党以外に、中国社会を一つにまとめる価値観は何もない。
中国社会が資本主義社会に収斂することはなくとも、国際的なルールの下で行動し、できるだけ安定的な発展と変容を遂げることは望ましい。そうさせる努力を惜しむと、大きな取り返しのつかない混乱が生まれることも間違いない。

我が国にとっての台湾の地政学的重要性を考えれば、この地域における中国の軍事的影響力を抑制するため、中国と日本との軍事力のバランスを、一九七二年の日中共同声明時のレベルにまで回復することを目標とするべきである。
共同声明の理念は、当時の軍事バランスの上に成立していたものであり、当時の軍事バランスを回復することによってのみ共同声明の理念を確保することができる。

台湾が中国の統治下に置かれた場合、中国の軍事力に台湾の軍事力が加算され、南西諸島は完全に中国の軍事的影響力の下、というよりも軍事的制圧下に置かる。東シナ海から南シナ海はほぼ中国の内海化し、マラッカ海峡に至るシーレーン周辺海域における航行の自由は失われ、太平洋から東シナ海、日本海への出入りまで制約される。(参照P102)

HTTPS://WWW.FREEMAP.JP/

台湾の安定的発展は、日本の安全保障にとって、死活的に重要である。自信に溢れた、豊かで安定した親日台湾を作る努力を惜しんではいけない。
台湾との関係は、日中共同声明の精神を守りつつ、最大限の配慮を払って、社会的、経済的、文化的な独自性と基盤を強化するように、民間交流と協力関係を深化する。

万が一、米国が後退したあとに日本が防衛力を強化しなければならない状況になった場合、バランスを矯正する行動自体に、新たにバランスを阻害する要素を生み、周辺国に不安感を生む。
日本が単独で中国との軍事バランスの回復を図ることは、日本の孤立を意味することになりかねない。
力のバランスを安定的に推移させるには、「米国+日本」のパワーバランスの下で日本の防衛力を着実に増強することに着手しなければ手遅れになる。


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