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霜月2【最終話】

はじめに数ある作品の中から【霜月】を選んで頂きありがとうございます。

皆様の心に少しでも残る作品を制作することを目標に日々執筆しております。

尚本作品は刺激的な表現やセンシティブな部分を含んでおります。

苦手な方、ご理解の無い方にはオススメできません。

それでも!!

少しでも良かったよ、と思っていただけたら【❤】を!!

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それでは本編をお楽しみください。



衝撃の一日から数日たった夕方一通のLINE通知が光っていた。

空蝉からだ。


僕はLINEを開くことをためらったが、先日の送ってくれた礼もろくにしていなかった事に気が付き、

開く決心をした。 内容は非常に簡素で丁寧な文面だった。


哲さん、その後お加減いかがでしょうか?

生活で困った事はありませんか?

先日哲さんにご迷惑をおかけした瞳が、直接お詫び申し上げたいと言っているのですが、

よろしければ、今夜私の店に来ていただけないでしょうか?

来て頂けるのであれば、勿論料金はいただきませんので、気軽に来て頂けると嬉しく思います。


僕は先日の光景を思い出し、恐怖と興味の間で揺れていた。

空蝉と名乗る男にも興味はあった。

瞳と言われていた女の煌々とした表情にも惹かれていた。


一度だけなら、お金を払わないのであれば、礼をされるだけなら。

僕は断らない言い訳を自分自身に探していた。


そしてゆっくりと言葉を選び返信をしたのだ。


僕もろくにお礼も言わずに申し訳ありませんでした。

お誘いありがとうございます。

本当に伺わせていただいてご迷惑ではありませんでしょうか?


空蝉からの返信は簡素なものだった。


店の位置情報と。

勿論です。17時以降は店におりますので、是非おこしください。



僕は位置情報の場所へ最短で行く方法を検索していた。


仕事帰りの18時30分僕は空蝉の営んでいるという店のビルの前についていた。

そこは歌舞伎町から少し外れた区役所通りの奥まった場所。

無数の看板か烈嶼した雑居ビルの一室だった。

【Travis】と書かれたその店は4階にあり、僕は恐る恐る昭和の薫りのするエレベーターに乗り込んだ。

ビルの廊下は狭く薄暗かった。

おそらくこの街が目覚めるにはまだ早い時間なのだろう。


僕は店の看板を目指して一歩一歩踏みしめるように進んだ。

目指す【Travis】は突き当りにあった。


店構えは他の店と変わらなかったがココだけ明かりが灯っていて、扉にはカラスの剥製が掲げられていた。

僕はノックをすると返事をまったが一向に扉は開かれなかった。


僕は意を決して扉を自ら開いた。

恐らくこんなに緊張して扉を開けたのは就職活動の時以来だろう。


扉を開けるとそこは3畳程の空間だった。

木製のテーブルと二人がけのソファー、それとオットマンが一脚置いてあるだけの簡素な作りであったが、壁は木目を基調としたセンスの良い作りで、ポーチライトのセンスも良かった。

似つかわないのは一番奥の重厚な黒い扉だ。

まるでこの世と、違う世界との境目と言わんばかりに、その扉はそびえ立っていた。


僕は立ち尽くしていた。


一呼吸おいて『どなたか?』と声を出そうとした瞬間に重厚な扉が開いた。


僕は息を飲んでその扉を見つめ、体中がこわばっていく感覚に襲われた。


扉から出てきたのは、ナース服を着た綺麗な女性だった。

僕は緊張が解けるのと同時に違うパニックに陥ったのである。

『待て待て待て!!病院にきたつもりはない。。一体なぜこの女性はナース服など着ているのか??空蝉の趣味か??』と言葉を探しながら何かを言おうとしていた様はきっと滑稽そのものであったであろう。

そんな僕をナース服の女性は気にすることもなく

「初めてのご来店ですか?」と優しく問いかけてきた。

僕は口ごもりながら

「は、はい」とだけ答えると、

二人がけのソファーに座るように促され、重厚な本のようなバインダーを手渡された。

ナース服の女性はオットマンに座ると、僕の持っているバインダーを捲り、店の料金の説明をし始めた。

僕は空蝉の話を聞いている時のような催眠にかかった気がしてその声に聞き入ってしまった。

どうやら、この女性は看護師では無く店のスタッフで、コスプレ?といてこの服を着ているようだ。

冷静に見ると、看護師は黒い網タイツなど履いていないし、やたら、胸を強調する着こなしもしないだろう。

それにこんな妖艶なメイクは、病院どころか、街にもあまりいない!!


僕は話を聞いてはいたが内容は右から左に流れていた。


ナース服の女性は「当店はどなたかのご紹介ですか?ご紹介であれば、次のページのアンケートにその方のお名前をご記入ください。」と案内を続けていたので、僕は、

「あ、あの空蝉さんと今日お店で合う約束をしていた者なのですが??」と会話を遮った。

ナース服の女性の笑顔が、営業用からプライベートなものに変化していくと、

今までの声のトーンより2つくらい高い声で

「え!!あのホームで縄まみれになって救急車のった時の人???わぁ〜君だったんだ〜大変だったね〜」等とまくし立てられた。

どうやら僕はこの店の中では有名人らしい。

その騒ぎを聞いて、真っ黒な男が真っ黒な扉から顔を出した。

空蝉だ!!


空蝉は「いらっしゃい。いいから中入って」と、僕を黒い扉の向こうに招き入れた。

僕は気のない返事をしながら立ち上がり誘われるまま店内に入った。

店内は赤と黒を基調とした内装にアンティークなテーブルがセンス良く配置されていた。

しかし、目を凝らすと檻のようなテーブルや、壁にはロープが無数に架かっており店の奥には様々な形状の鞭がまるで高級ブティックのように飾ってあった。


僕は異世界に迷い込んでしまったのかと思いキョロキョロ店内を見渡した。


空蝉は檻のようなテーブルの近くのソファーに腰を下ろすと「哲君もココにどうぞ」と柔らかな表情で僕を案内した。

僕は促されるままソファーに腰を下ろすと違和感にを強く覚えた。

檻の中には瞳がいたのだ。

瞳は手枷足枷をされて檻の四隅に拘束されている。

『一体なんなのだ、まさか空蝉はこれを見せる為に僕をココに呼んだのか?そもそも僕には縁のない世界なのではないか???』

空蝉はそんな僕の心を読んでいるかのようにゆっくりと、優しく話始めた。

「ごく普通に生活している人には理解されないかも知れませんが、

ココに拘束されている瞳は、自ら望んでこんな惨めな格好をしているんですよ。

きっとSMと聞いて殆どの人は恐怖や変態的だと思うかも知れませんが、

実は私達にとって、痛みや苦痛は【繋がりであり愛】なんです。」


僕は一体何を言っているか解らなかった、

SMはサブスクで見るAVでしか見たことがない、

縛られて、嫌だ嫌だと言っていても最後は快楽に負ける演出以上の知識を僕は持ち合わせていなかった。


空蝉は檻に上に足を乗せると瞳を睨みつけた。

瞳は煌々とした表情で空蝉を見上げていた。


空蝉はさっきの声とは別人のような低い軍人のような声で

「待て!!」

と、瞳を一喝した。

瞳は身体を【ビック】とさせ、煌々とした目のまま力なく手枷に体重がかかり、檻全体から瞳の体重のかかった「ガシャン」という音がした。


空蝉は檻から足を下ろすとまた優しい口調で語りだした。

「哲君から見れば意味がわからない事だと思います。

でもね、瞳はこの犬やモノのように扱われる事に喜びを感じるんです。

ただ、ごく一般の人のようにSEXでは一切の快楽を感じない。

頭と、心の回路が痛みや苦痛が快楽になっているんですよ。」


『なるほど、少し見えてきた。僕の知っているSMとは演出であり本質ではなかったということなのだろう。しかしそんな事を言うためにわざわざ僕を呼び出したのであろうか??』

僕はそんな疑問を感じつつ、次の空蝉の言葉を待っていた。


「なにかお飲みになりますか?」


今の話はこれで終わってしまうのだろうか??

空蝉の話の展開はまるで見えなかった。


僕はコーラを頼むとナース服の女がすかさず、コーヒーとコーラを持って近づいてきた。

僕はあの夜の車内を少し思い出すと、少し肩が傷んだ気がした。


その後空蝉は怪我の様子や、生活で困っていることはないか?

仕事は大丈夫だったのかを親身になって聞いてきた。

僕は一つ一つ丁寧に答え、問題なく生活を送っている事と、病院代の事、送ってくれた事にお礼をいった。


空蝉はコーヒーを飲みながら少し考えた様子を見せて、言葉を選ぶように話し始めた。


「実はこの瞳はごく普通のお客さんなんですよ。今はココでスタッフ見習いとしてアルバイトをしています。

ただ、例の階段から落ちる騒動を始め、色々とトラブルを巻き起こす質がありましてその理由は妄想が激しいところなのですが、、、」

空蝉は僕のことを品定めするように観察すると、瞳の顔を覗き込み何やらアイサインを送った。

そして、更に言葉を選ぶように続けた。

その話は僕の人生を日常から非日常に変えるはなしであった。

「哲君さえ、良かったらの話なんですが、瞳を飼ってやってくれませんか??」

僕は空蝉の冗談かと思い「空蝉さんのジョークのセンスはイマイチですよ??」と、おどけてみた。

空蝉は険しい表情になり首を横に降った。


どうやら本気らしい。

僕はなぜそんな話になったのか戸惑い、思考を巡らせたが答えは出なかった。

しばらくの沈黙の後、空蝉は檻から瞳を開放した。

その動きはしなやかで、まるでショーを見ているように僕は見とれてしまった。


ナース服の女はすかさずバスローブと水を瞳に渡すと、瞳は深いお辞儀をしてそれを受取り、バスローブを羽織ると、ソファーに移動した空蝉の横に立った。


その姿勢はスッと何かに引っ張られているようにまっすぐで、瞳の美しさが引き立つように思えた。

空蝉はコーヒーを一口飲むと

「瞳が言い出したんです。

あの日、貴方の事を押し倒した事は、

運命なんじゃないかってね。

この界隈は、そういった目に見えない何かを信じたり、実際に直感で感じ取るといった事が多いんです。

でも、哲君と瞳をいきなり二人にしたら何しでかすかわからないし、何より哲君により大きな迷惑や、いらない苦労をさせると思ったので、私が中に入る事にきめたんです。

少なからず私は瞳を愛していますし、それはここのスタッフや、お客様にも言えるのですが、恋愛ではない、私なりの愛を注いでいるつもりです。

でも、これから先の事を考えると、瞳はまず普通の生活というものを経験しなければこちらの世界でも、先が無いと私は感じていました。

そこで、色々と考えたのですが、この世界の、人では無くて、私達の世界に少しでも理解をしようとしてくれた哲君に、瞳を預けたいとおもったのですが、ご迷惑でしょうか?」

僕は戸惑った。

正直魅力的だ。

出会いの形は最悪だったが、瞳は可愛い。

ただ出会いの事やSMの事を考えると、瞳を好きになれる自信も湧かなかった。


空蝉はそんな僕の気持ちを全て見透かすように話を続けた。

「何も、ちゃんと付き合って欲しいと言っているわけではないんですよ。

瞳位の年齢の普通の女の子がどんな事をして、どんな話をしているのかを教えてあげて欲しいんです。

この続きはよろしければ、どこかカフェなどで瞳と話してみてはいかがでしょうか?」


確かに、この非日常の空間で空蝉とナース服の女に見られながら話すのは気が進まなかった。

少なからずこの空間に興味は少し湧いてはいるが、僕にはまだ知識と経験が少なすぎた。


「少しだけ話をしてみてそれから答えを出してもよろしいでしょうか?」

僕は本心から思ったのだ。


空蝉は気の良いオジサンの表情で

「是非そうしてあげてください。

哲君のそういった普通に当たり前の考えが出来ることに、私は好感をもっています。」

と言って軽く肩を叩いて、見送ってくれた。


ふと見渡すと、ナース服の女と瞳は小声でなにやら嬉しそうに話している。


僕はコーラを飲み干すと瞳に「仕事抜けても大丈夫なら、少しだけお茶でもしませんか?」と、照れながら誘いをかけた。


瞳は満面の笑みで「喜んで」と良い、すぐに用意をするから待っていて欲しいと早口で良いカーテンの奥に去っていった。


10分後僕と瞳は喫茶店に向かい合っていた。

黒いレース生地のコートを着こなし、目をルンルンとさせる瞳の表情に一瞬息を飲んだ。


出会いは最悪だった。

しかし僕の退屈な日常は変わって行くかも知れなし、困難だらけかもしれない。


少しだけ勇気を出して瞳に語りかける事にした。


霜月 完

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